番外編:【マグロ漁船と、お風呂と、思い出の紙テープ】
ある日、東京のお母さんと画面越しに、三陸のおじいちゃんとおばあちゃんの家でまったりと話していたときのことだ。
お母さんがふと、おばあちゃんに聞いた。
「ねぇ、昔『船乗りのおじちゃん』って呼んでた人、覚えてる?」
「あぁ、私の弟ね」
おばあちゃんが懐かしそうに頷く。お母さんが続けた。
「あの人が来ると、いつも真っ先にお風呂を沸かしてたよね。団地にはお風呂も洋式トイレもついてたのに、なんでだろうって子供心に思ってたんだけど」
「弟はマグロ漁船に乗ってて、一年に一度しか日本に帰ってこられなかったのよ。当時は家に風呂があるのが珍しくて、みんな銭湯に行っていた時代でしょう? だから、帰ってきた弟にお風呂を沸かしてゆっくりしてもらうことが、一番のおもてなしだったのよ」
おばあちゃんの言葉に、お母さんが笑いながら割り込んだ。
「そういえば私、仕事中のお母さんに代わって、慌てて真似してお風呂を沸かしたことがあったわ。おじちゃんが来て、すき焼きをご馳走してくれるって言うから一緒に買い出しに行ってね。お肉屋さんで高い牛肉を買ってもらって、八百屋さんとお肉屋さんを往復して、ネギに白菜、白滝に椎茸……って一生懸命揃えたのよね。日に焼けたおじちゃんが、子供の私にはすごくかっこよく見えたっけ」
おじいちゃんが横から口を出す。「豪快な人だったよねぇ。酒もすごかった」
おばあちゃんもしみじみと笑う。「そんなこともあったわねぇ」
お母さんがさらに思い出を語る。
「おじちゃんが結婚して、すぐまた海に出たときのこと。やっと帰って来るって聞いて、新婚の奥さんと一緒に三崎まで船を迎えに行ったの覚えてる? 船からたくさんの冷凍マグロが降ろされて、おじちゃんが分けてくれたのよね。家に持ち帰ってデバ包丁で豪快にさばいて……」
「あのマグロは旨かったなぁ」とおじいちゃんがしみじみと言う。「南の海から来たんだよな。酒のつまみに最高だった」
「あんな大きなのさばけるの?」と僕が聞くと、おばあちゃんが「ビンチョウマグロよ。そんなに巨大じゃないわ」と笑った。
「あのマグロ、近所にも配ってすごく喜ばれたわね。回転寿司なんてない時代だったから、本当にご馳走だったわ」とおばあちゃん。
お母さんは、出港の日のことも話してくれた。
「おじちゃんに紙テープを渡されて、『出港の時に自分に向かって投げてね。当たると痛いから顔は避けてね』って言われて。力いっぱい投げたけど、全然届かなくて悲しかった思い出があるわ」
一年行ってしまう旦那さんを、知らない土地で待つ奥さん。子供心に「強い人だな」と思ったと。それと同時に、色鮮やかな紙テープが陸と海の間でぷっつりと切れていくのが、なんとなく悲しかったのを覚えてると、お母さんは遠い目をした。
本当にいろんな形の家族があるんだなと、僕はつくづく思った。
まだまだ僕のタイムカプセルは、埋まりそうにありません。




