番外編:【スレートと誇り】
今日は夕方に迎え火を焚いたので、魔法の箱越しのお母さんとの会話は、夕食後の団らんの時間になった。今日の出来事を話しているうちに、ふとお母さんが何かを思い出したように話し始めた。
「そういえば、東京の団地によく遊びに来てたおじさんがいたわよね。お母さん(おばあちゃん)が『出稼ぎに来ている人よ』って言っていたおじさん。確か……普段もよく喋る人で、お酒を飲むとますます止まらなくなるから、『くたべっちゃおじさん』って呼んでたわよね」
お母さんの言葉に、おばあちゃんが「あぁ、くたべっちゃねぇ」と懐かしそうに相槌を打つ。
「そうそう。おじさん、いつも自分で鶏の刺身とお酒を買ってきて食べてたわよね。ある日、私にも食べさせようとしたら、お母さんがすごい剣幕で『子供に何を食べさせてるの!』っておじさんに怒ってて」
お母さんが笑いながら言うと、おばあちゃんが苦笑した。
「当時は今と違って衛生観念が心配でね。食中毒でも起こしたら大変だと思って、つい強く言ってしまったのよ」
「そのおじさん、私には優しかったわ。当時のアニメで有名だったアライグマのぬいぐるみをね、買ってくれたの。おもちゃ屋なんてめったに連れて行ってもらえなかったから、すごく嬉しくて。ミカちゃん人形にするか、アライグマにするか、すっごい迷ったのを覚えてる」
お母さんは少し遠くを見るような目になり、さらに続けた。
「ある夏休み、山の上にあるおじさんの仕事場に差し入れを持って行ったことがあるでしょう? あそこが『スレート』の取れる場所だったわよね。直射日光でやたら暑くて、なのに地面が濡れていて……サンダルで足が汚れるのが嫌だった記憶があるわ。あと、キーンと響く金属音がやたら耳に残ってる」
おばあちゃんが、その記憶を補うように教えてくれた。
「採石場から切り出した大きな岩塊を、運び出しやすい大きさや製品に近い形に荒く加工していたのよ。昔は山の上で、専用の道具を使って薄く剥がすように割っていたわ。これを『木割り』と言って、おじさんはその作業をしていたのね」
するとおじいちゃんが口を挟んだ。
「そのスレートは、東京駅の屋根にも使われているんだぞ。ここのスレートは全国的にも有名なものなんだ」
僕は驚いた。この小さな地区の石が、東京駅という日本中から人が集まる場所の屋根を支えていたなんて。するとお母さんが不思議そうに言った。
「採掘場って言っていたけれど、おじさんもみんなも、映画で見るような石炭採掘みたいに炭で真っ黒に汚れたりしていなかったわよね?」
おじいちゃんが頷く。
「スレート(粘板岩・玄昌石)は岩盤を削る作業だ。雨水や湧き水を利用して作業することも多いから、水と混ざった泥のような状態にはなるが、油汚れとは縁遠い。自然の石の塊を割る、静かで硬質な作業なんだよ」
お母さんが「私が学校の自由研究で『スレート』って言ったら、誰も知らなかったわ」とこぼすと、おばあちゃんが補足した。
「明治時代にね、硯だけでなく欧米の技術を参考にした『スクールスレート(今のノートの代わりに使っていた児童用の石盤)』の製造が始まったのよ。それが後から屋根材としても使われるようになって、この土地では石のことを『スレート』と呼ぶのが定着したの」
おじいちゃんが、誇らしげに語る。
「2億年以上かけて作られた良質な粘板岩は、適度な硬さと吸水性の少なさが硯や屋根材に最適なんだ。だから同じ石が、硯にも東京駅の屋根材にも使われてきたんだよ」
お母さんは、懐かしむように言葉を継いだ。
「今は津波で何もなくなってしまったけれど……小学生の頃、ひいおばあちゃんの山を下った海沿いに、周りの家とは違う、スレートを貼り付けたおしゃれな家があったよね」
「あったわよ。その近くの雑貨屋さんに、イチゴの形をしたペンダントのおもちゃがあったわよね。お小遣いを持ってないから、次の日に買おうって張り切ってたのに、翌日お店が閉まっていて買えなくて……あなた、東京に帰ってからもずっと欲しがっていたわよね」
お母さんは恥ずかしそうに笑った。「あれ、本当に可愛くて真っ赤で、どうしても欲しかったのよ。あのスレートが貼られた家に憧れててね、モダンで唯一無二って感じがして、大人になったらあんな素敵な家に住みたいって思ってたの。今じゃマンション住まいだけどね」
「お母さん、マンションも便利で快適だし最高だよ!」と僕が励ますと、お母さんは顔を傾けて続けた。
「そういえば、スレート工房の横に川が流れていて、そこにスレートのかけらがたくさんあったの。拾おうとしたら『それは工房のものだからダメ』ってお母さんに叱られたっけ」
「そんなこともあったわねぇ」とおばあちゃんが笑うと、お母さんは少し悔しそうに言った。
「大人になってから聞いた話だと、いとこが子供の頃に工房に行ったら『持ってっていいよ』って分けてもらえたらしいのよ。お母さんもあの時、工房の人に頼んでくれればよかったのに!」
お母さんの悲しそうな声に、おじいちゃんが優しく言った。
「震災で工房は廃業してしまったが、伝統を伝えるために後継者の育成は続いているそうだよ」
僕はふと、玄関の一輪挿しを思い出した。
「玄関の一輪挿しって、黒くて艶があるよね。あれってここのスレート?」
「そうよ、あれがそうよ」と答えるお母さん。
「お母さんが学校で習字を習い始めたとき、持っていた硯を壊しちゃってね。その時、おばあちゃんがそのスレートの硯を貸してくれたのよ」とお母さんが教えてくれた。
「今思えば、職人さんの技が詰まった素晴らしい硯だったんだけど、当時はみんなと同じ新品の硯がいいなぁって思っちゃって……。あの硯、どこへ行っちゃったのかしら」
「引っ越しを繰り返すうちに、どこかへ行ってしまったのよね。本当に残念だわ」
しみじみと語る二人を見て、僕もそれがあったら使ってみたかったな、と思った。お母さんが「震災前に硯伝統産業会館へ行ったけれど、震災の被害に遭ったって聞いたわ」と言うと、おじいちゃんが答えた。
「今は『道の駅 硯上の里』の中に併設されているから、いつでも行けるよ」
「僕、夏休みの間にそこへ行ってみたい!」
僕の言葉に、おじいちゃんもおばあちゃんもお母さんも、みんな嬉しそうに笑った。
僕は家族の笑顔を眺めながら、お盆という時間が流れるのを感じた。今日はご先祖様から受け継がれたタイムカプセルだけでなく、一度は消えかけた伝統を守ろうとする、地域の方々の「誇り」にも触れられた夜だった。
三陸の夏休みは、まだまだ続いていく。




