番外編:【夏の風物詩?――昭和サバイバルと現代の僕】
そろそろ帰宅する頃だと思っていたら、玄関先でガチャンと乱暴に鍵を開ける音がし、勢いよくドアが閉まった。慌てて駆けつけると、子供が涙目で立ち尽くしている。
「お母さん、もう無理だよ! 蝉が頭に飛んできたんだ! こっちに来るなと思ったのに……ギャーって叫んで頭を振り払ったら何とか飛んでいったけど、もうダメだ! 頭を洗ってこないと気が済まない!」
半パニック状態でまくし立てると、子供は逃げるようにお風呂場へ飛び込んでいった。私はふうと一息つき、おやつの準備を始める。しばらくして戻ってきた子供は、まだ納得がいかない様子で椅子に座り、ぶつぶつと呟いた。
「どうして木に大人しく止まっていてくれないんだろう。向かってくるなんて、僕に何の恨みがあるんだよ……」
私も虫は大の苦手だ。私を見て育ったせいで、子供まで虫嫌いにしてしまったのだろうか。
「そういえば、お母さんが子供の頃に住んでいた団地も、夏は蝉だらけだったわ。泣き声がうるさくて、夜も眠れないくらい」
「窓を開けてたの? 泥棒が入ってきちゃうじゃん!」
「ほんとよね。でも、当時は玄関の鍵さえ掛けていれば大丈夫という大らかな時代だったのよ。エアコンなんてなかったから、夏場は窓を全開にして網戸にして過ごすのが当たり前でね。夜になると階段の蛍光灯に蝉がガンガン当たってきて、帰宅するたびに蝉の攻撃をくぐり抜けて家に入るのが一苦労だったわ」
すると子供は、開いた口が塞がらないといった様子で顔をしかめた。
「えっ、エアコンなし? そんなの嘘だろ! 暑いのにエアコンないなんて耐えられないよ……。僕、そんな昭和のサバイバル生活は絶対無理だ……」
「近所にはね、蝉の抜け殻を筆箱いっぱいに集める男の子もいたわ。ある日、その子がお母さんに『開けてみて』って言うから開けてみたら、中から抜け殻がボロっと出てきてね。お母さん、それ以来すっかり虫が苦手になったみたい」
「……わかる。それはトラウマになるよ」と、子供が心底嫌そうに頷く。
「網戸にもね、夜は虫がびっしり張り付いていて。だから夜は極力網戸の方を見ないようにしていたの。それでも小さな虫は網戸をすり抜けて、電気の傘や白い壁に止まっていて……」
そこまで話すと、子供は完全に引きつった顔で、「お母さん、やっぱり僕は昭和時代には住めないよ……」と遠い目をした。
そんな子供が、ふと呟く。
「お父さんの赴任先の国って、蝉、いるのかな……?」
母子の冒険は、そんな小さなハプニングを乗り越えて続いていきます。物語はまだまだ、これからも続いていきます。




