番外編:【団地の夏祭りはフェス?】
お母さんと一緒に、異国に赴任しているお父さんのところへ行くための買い物をしていたときのこと。街角の掲示板に、夏祭りのお知らせが貼ってあった。僕たちがお父さんの元へ行っている間に開催されるみたいで、少し残念だけど仕方ない。
買い物の合間にバーガーショップで休憩したとき、ふとさっきのポスターのことを思い出して聞いてみた。
「ねえ、お母さんが子供の頃の夏祭りってどんなのだったの?」
お母さんはコーヒーをひと口飲み、懐かしむように話し始めた。
「団地の盆踊りはね、すごかったわよ。高台に広い公園広場があって、真ん中に大きな時計塔があったの。その周りは芝生になっていて、外回りをぐるっと囲むように道が作られていたのね。何周もぐるぐる走れるくらい大きくて、今思えば100メートルくらい円周があったんじゃないかなぁ」
そのお祭りは、近隣の団地からも大勢の人が集まる大きなイベントだったそうだ。その外回りの道沿いには屋台がびっしりと並んでいたという。プロの露天商はもちろん、団地に住む人たちが出す屋台もたくさんあった。
「近所のおじさんが焼くとうもろこしは少し焦げていたり、おばさんが作るかき氷は手作り感満載だったりね。その点、プロの人たちはハチマキを巻いて汗だくになりながら、混雑の中でもテキパキと人をさばいていて圧巻だったわ」
たこ焼きやイカ焼きは、今思えば味が濃くてしょっぱくて、喉が渇いてジュースを何杯も飲んだこと。夜の暑さと興奮を、お母さんは楽しそうに振り返る。
「そういえば、今の時代は食品衛生の決まりが厳しくて、中学校や高校の文化祭でも食べ物系の屋台はなかなかできないって、生徒がニュースで話しているのを見たよ。当時は素人が作る屋台に許可が下りたの?」
僕が突っ込むと、お母さんは少し考え込んでから笑った。
「本当にそうよね。今になって気づいたわ。前にも言ったかもしれないけれど、その時代はとても大らかだったのよ。全体でまとめて許可をもらっていたのか、それとも……当時は何でも『お祭りだから』で済んでいたのかもしれないわね」
お母さんの話はさらに深まる。盆踊りだから、屋台よりも本当は踊りがメインだったらしい。
時計塔の周りには見事な2段構えの舞台が作られていたそうだ。上の段では団地の太鼓クラブがずっと太鼓を叩き、下の段ではお揃いの浴衣を着た「踊りの会」の人たちが舞う。団地ごとの対抗意識もあって、舞台の周りは二重、三重の輪になって大勢が踊っていたという。
「あなたのおばあちゃんも、張り切ってずっと踊っていたわよ」
「じゃあお母さんも、おばあちゃんと一緒に踊ってたの?」
僕の問いかけに、お母さんは少し困ったような顔をした。
「お母さん、運動神経は悪くなかったのよ。でも踊りは苦手で、人前で踊るのがすっごく恥ずかしかったの。だから友達と屋台を練り歩いたり、おじいちゃんと一緒に屋台をみて食べたいものを買ってもらったりしてね。お母さんは屋台のグルメ担当だったのよ」
少し苦しい言い訳のような気もしたけれど、これ以上突っ込むのはやめておこう。
「そういえばね、その公園の山の下に高層の団地が立っていて、ちょうど真ん中くらいの階が公園広場のお祭りの場所と同じ高さ位だったのね。そこへ大音量で盆踊りの音楽や太鼓の音が響くから、すごく反響して……夜なのに本当にすごい音だったわ。今考えると通報されたり文句が出てもおかしくないけれど、あの頃はみんなおおらかだったのね。誰も何も言わなくて、そのまま何年もずっと続いていたの」
「昔のお祭りって、今のフェスみたいだね。すごいエネルギーがあって楽しそう!」
僕がそう言うと、お母さんは嬉しそうに頷いた。
また一つ、お母さんの子供時代のタイムカプセルが開いた瞬間だった。
まだまだ番外編のお話は続きます。




