番外編:【少女たちの大冒険】〜パスポートを受け取りに行ったときの話〜
僕は、お母さんと一緒にパスポートを受け取りに、新宿の都庁までやってきた。
日曜日だというのに、沢山の人がごちゃごちゃと行き交っている。よくみんな、ぶつからずに歩けるなと僕はヒヤヒヤしながら必死で歩いていた。
お母さんにそう言うと、「通勤ラッシュの時なんてもっと凄いのよ。みんな同じ方向に黙々と歩いていて、反対側から来る人もいるのに、何故かぶつからずにすり抜けていくの。ほんと不思議よね」と笑った。
独特な形の大きな建物に入り、無事にパスポートを受け取ることができた。
「これさえあれば準備万端……。最悪、異国の地のお父さんの赴任先へ行くのにも、パスポートとスマホと財布さえあれば困らないから」
お母さんはそう言って、少しだけ安堵の息を漏らした。そして「お疲れ様会をしましょう!」と、帰りの新宿駅近くにあるデパートのレストラン街へ連れて行ってくれた。
レストラン街の落ち着いたお店に入り、冷たいお水を飲んだときだ。お母さんがふうっと息を吐いて、懐かしそうに話し始めた。
「お母さんが小学校6年生、あなたと同じ歳だったときのことだけど、仲良しグループの4人で新宿に来たのよ」
目的は、友達が漫画を描く道具を買いに来ることだったらしい。僕が「お母さんも漫画描いてたの? すごいじゃん」と言うと、お母さんはいつもの少し怖い笑顔を見せた。
「ううん。友達の真似をして描こうと思ったんだけどね、手のひらに花を乗せた絵を描こうとしたら『鳥の手にしか見えない』って言われて。薄い紙を重ねて漫画のキャラを写すのも流行ってたけど、私がやると全然別人になっちゃうのよ。才能がないなって諦めたわ……」
笑顔のまま語られる残念なエピソードに、僕はそれ以上ツッコまずに黙って聞いていた。
「新宿に大人びた詳しい子が1人いてね。その子の先導で、まずは紀伊國屋書店に行ったの。団地の近所の本屋さんしか知らなかったから、ビル1つが全部本屋っていう光景にびっくりしたわ。そのあと漫画道具を売っている新世堂ってお店に行って、アニメイトって言うアニメ専門店にも寄ったの。お年玉を全額持ってきていたから、もう大興奮でね!」
お母さんは一気に、当時の興奮を僕にぶつけてくる。
「新宿の伊勢丹にも行ったわ。高級すぎてドキドキしたけれど、そこで少し背伸びをして、みんなで紅茶を飲んだの。お金がないから、紅茶だけでね」
「その時、お昼ご飯は食べなかったの?」と僕が聞くと、「もちろん食べたわよ。でもデパートのレストランなんて高くて無理だから、新世堂からアニメイトに行く途中の道のすみっこで、家から持ってきてたおにぎりを食べたの」と笑う。デパートに行くための予算を確保するために、抑えるところは抑える。昔も今も、買い物は計画性が大事なようだ。
「その後、子供服売り場にも行ったのよ。お母さんは普段、いとこのお姉ちゃんのお下がりか、学校行事がある時にスーパーで買ってもらう新品しかなかったから、セールとはいえデパートの服は敷居が高くてね」
4人は一生懸命貯めたお年玉で、お揃いの服を探したそうだ。結局、2人が薄い水色のワンピース、お母さんとあともう1人が白いワンピースを選んだ。
「白なんて服、買ってもらったことがなかったから、本当に嬉しくて……。でもね、悲しい結末だったのよ。嬉しくて自慢げにワンピースを見せたら、お母さん(僕のおばあちゃん)の般若のような顔! 『なんで白なんてすぐ汚す服を買ってきたの!』ってすごく怒られてね。お揃いの白いワンピースを買った子のお母さんからも電話があって、結局返品交換して、みんなと同じ薄い水色のワンピースになったの。あの白いワンピース、着たかったなぁ……」
お母さんは少し寂しそうにつぶやいた。
今のようにネットで何でも注文できる時代とは違って、買い物一つひとつが、当時の子供たちにとっては大冒険だったんだなと思った。
僕のタイムカプセルを発見する日々は、まだまだ続いていく。




