アルバムの中の「見知らぬ少女」
おばあちゃんが、ついにキレた。
何日も縁側でダラダラとゲームをして過ごす僕を見かねて、「せっかく海のそばに来たんだから、泳ぎに行きなさい」と何度も促されていたけれど、僕は頑なに拒否していた。
江ノ島の海にはお母さんと友達と行ったことがあるけれど、足の裏にまとわりつく砂の感触がどうしても苦手だ。おまけに、たっぷり塗った日焼け止めの匂い、サンシェードやパラソルで溢れかえった砂浜……あの落ち着かない空気感がどうにも好きになれない。
ところが、今日のおばあちゃんは違った。お母さんが用意してくれた荷物箱から僕の水着を容赦なく取り出し、「さあ、着替えてくるのよ!」と強硬策に出たのだ。その笑顔は、逆らったら大変なことになる……とお母さんの顔が重なるような迫力だった。
「近所の親戚の子たちが海岸で待っているから。おじいちゃんに送ってもらうんだよ」
言われるがまま車に乗り込んだ。初めて会う子たちとうまくやれるだろうか。不安を抱えて到着した海岸は、江ノ島とはまるで違う、こぢんまりとした場所だった。潮吹き岩で見た、ザーッと一斉に逃げ出すフナムシの大群を思い出し、僕は身震いした。……あれ、なんかGに似てる。集合場所で紹介された親戚の子たちは、みんな見事なほど真っ黒に焼けていた。
準備運動を終え、海に入る。でも浮き輪がないとやっぱり怖い。海藻を投げ合ってふざける子たちの中に、容赦なく海藻を投げつけてくるやつがいた。
「ムリムリ、絶対無理!」
僕は叫んで岸へ逃げ戻り、バスタオルを頭からすっぽり被って、隠し持っていたゲームを始めた。さすがお母さん、段ボールに忍ばせてくれていたマリンシューズのおかげで、足裏の砂の感触には悩まされずに済んだ。監視員のおじさんが「泳がないのかい?」と声をかけてくれたけれど、僕は甘い麦茶を飲みながら、バスタオルの中でひたすらゲームに没頭した。
迎えに来たおじいちゃんは、タオルを被って不貞腐れる僕の姿を見て何とも言えない顔をしていたけれど、何も言わなかった。それ以来、おじいちゃんもおばあちゃんも、海へ行けとは言わなくなった。
縁側での生活が戻ってきたけれど、さすがに飽きてきた。ふと、まだ開けたことのない扉が目に入った。
恐る恐る扉を開けると、そこは整理整頓された納戸だった。本がぎっしり並ぶ棚の端に、古いアルバムが眠っている。
引き出そうとしたその時、足元から何かがガサガサと向かってきた。
「ギャーッ! Gだ! Gが出た!」
叫び声を聞きつけて、おじいちゃんが慌てて駆けつけてきた。僕がおじいちゃんの背後に隠れて震えていると、おじいちゃんは「なんだ、かまど虫か。びっくりしたぞ」と笑って、新聞紙でサッと仕留めてしまった。
「今はかまど虫のことを東京ではGと呼ぶのか? ずいぶんと洒落た言い方をするんだなぁ」
おじいちゃんは豪快に笑いながら去っていった。かまど虫が苦手なのは都会も田舎も関係ないのに。
ようやく手に入れた古びたアルバムを、かび臭い納戸から縁側へ持ち出した。
パラパラとページをめくる。――えっ。
途端に、息が止まった。
古い写真の中に、自転車に乗った少女が写っていた。海と山をバックに、片足をペダルに、もう片方を地面につけて、こちらをまっすぐに見つめ微笑んでいる。
「……すごい、綺麗」
僕の知らない誰かが、そこにいた。




