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番外編:【過去のわだかまりと、母の静かな慟哭】

「ねぇお母さん、お母さん。そういえば家って親戚あんまりいないの? 僕、お母さんのいとことか会ったことないんだけど……」

突然子供がそう言って話しかけてきた。私は少しぎょっとしてしまった。去年の夏に三陸の実家に行くまでは、子供は私が話しかけても「うん」とか「だから何」とか、つれない反応ばかりだったからだ。自分から話しかけてくれるようになったのは、去年の夏に実家へ帰ってから。それも、楽しそうに学校の出来事を話したり、タブレットや電話でおじいちゃんやおばあちゃんと話した内容を私に共有してくれるようになったのだ。

「お母さんの親戚はいろいろあるのよ。おじいちゃんとおばあちゃんちは田舎でしょう? お母さんが子供の頃は閉鎖的な雰囲気があってね。おばあちゃんが長女だからって、あれこれ言ってくる兄弟がいて……お母さんそれを見て嫌になっちゃって、絶対東京から出たくないって思っちゃったのよね。親戚付き合いも、あんなに煩わしいんだったらしたくないなぁって……」

「でもお母さん、お正月に本家の集まりに行って楽しそうに話してたじゃん」

子供にそう指摘され、私は色々な記憶を思い出してしまった。

夫が単身赴任で異国へ行ってしまい、子供と二人きりの生活が始まった。夫の不在中、子供は毎晩寝かしつけた一時間後に大泣きして起き、私は足をさすったり汗を拭いたりして寝かしつける、そんな日々が続いた。そんな中であの大震災が起きた。子供を抱きしめ、頑丈なテーブルの下で「どうしよう」と震えながら、エプロンのポケットから携帯を取り出して夫に電話した。けれど夫は私の話を聞く余裕もなく、自分の同僚の日本の家族に電話をかけてくれと頼むばかりだった。

自分の子供を守るだけで精一杯なのに、なぜ夫は私をフォローしてくれないのか。夜、うなされる息子を寝かしつけながら、何度も一人で泣いた。震災後、田舎のおばあちゃんと連絡が取れないと母が悲しそうな声を出し、原発の問題で水や食料を求めてスーパーを駆け回った。あの時は、見ず知らずの年配の女性が「小さいお子さんがいるなら」と制限を超えた分を買うのを助けてくれて、その優しさに泣いた。

その後、両親は田舎へ戻り、私は孤独を深めた。子供の夜泣きや成長の悩みを誰に相談しても「そのうち収まる」と切り捨てられ、パート先で悩みを漏らせば「贅沢な悩みだ」と冷たく言われた。「誰にも頼れない、私が子供を守らなきゃ」と、ずっと叫びたい気持ちを抑えて生きてきた。夫が一時帰国しても、彼はリゾート気分で、私の苦労も反抗期の大変さも分かってくれなかった。

「お母さん?」

ぼっとしていた私に、子供が声をかけた。

「あぁ、ごめんね。お正月の本家の話よね。そう……ずっと親戚が嫌で避けようとしていたけれど、時間が経って、みんな私と同じ世代か若い世代になっていて、話してみたらすごく楽しかったの。これも、あなたが去年の夏休みに、おじいちゃんとおばあちゃんのところへ行ってくれたおかげね。お母さん、気づくことができたわ。ありがとう」

息子が少し照れたように、でも心からの笑顔で「お母さん、よかったね」と言ってくれた。

あの震災の夜、震える身体を抱きしめて過ごした狭いテーブルの下。誰にも頼れず、ただ孤独を噛みしめていたあの日々。もう二度と戻りたくないと思っていた過酷な時間は、決して消えることはない。けれど、あの困難を私と息子は二人で乗り越えてきたのだと、今ならようやく自分を許せる気がする。

夫との関係や、これからの日々がすぐに全て解決するわけではないかもしれない。けれど、こうして息子と穏やかに言葉を交わせる今のこの時間は、私たちが積み重ねてきた確かな「家族」の証だ。

私たちの物語は、これからも続いていく。山あり谷ありの道のりだろうけれど、去年の夏、三陸の海風が運んできてくれたこの新しい関係を大切に、これからも息子と一緒にゆっくりと、家族という形を紡いでいきたい。

「ねえ、次の夏休みには、お父さんの赴任先に二人で冒険に行くでしょ? 帰ってきたらお母さんはパートで忙しいから行けないけど、あなたはまた、おじいちゃんとおばあちゃんのところへ、お父さんの所からのお土産をたくさん持っていってくれる?」

そう言って笑うと、息子はまた嬉しそうに「当たり前じゃん」と頷いた。窓の外には、季節が巡っていく気配が確かに感じられた。


家族の冒険は、まだまだ続いていく。


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