番外編:【少女時代の夏へ。お母さんと僕の、時を超える大冒険】
「転校生、か……寂しくなるね」
学校で友達が転校したという話をすると、お母さんは少し遠い目をして、自分自身の少女時代のことを語り出した。
「実はね、私にもどうしても忘れられない『お別れ』があったのよ。同じ団地の向こうの階段にいた、仲良しの子のことなんだけどね」
お母さんの話によると、その子は突然引っ越してしまったらしい。どうしてももう一度会いたくて、お母さんは当時、鉄道オタクだった従兄のお兄ちゃんを頼ったのだという。
「えっ、お母さん、二人だけで? どこまで?」
「千葉県の茂原までよ。小学二年生の私と、五年生の従兄のお兄ちゃんでね」
僕は耳を疑った。今ならスマホのGPSでどこでも分かるけれど、当時はそんなものはない。
「信じられない……。どうやって行ったの?」
「団地の最寄り駅から新宿へ出て、東京駅から横須賀線に乗ったのよ。途中、駅弁を選んだり、ポリ容器に入った温かいお茶を買ったりしてね。あの独特のプラスチック臭がするお茶が、なぜかすごく美味しかったの」
お母さんは懐かしそうに目を細める。お兄ちゃんが時刻表を片手にリードし、二人は千葉の森の中を目指した。
「着いたら公衆電話を探してね。引っ越し先のお母さんに電話をかけて、駅まで迎えに来てもらったの。本当に大冒険だったわ」
茂原のその子の家は、森の中に建つ50坪の土地に立つ家。すぐ近くには川が流れ、夜には蛍が乱舞していたという。
「蛍が乱舞……? まるでアニメの世界だね!」
「そうね。今の時代からは想像できないかもしれないけれど、あの頃の夏は本当に特別だったのよ。九十九里の砂浜まで自転車を走らせたこともあったわね」
僕が「そんな冒険、僕もしてみたかったな」とつぶやくと、お母さんはくすりと笑った。
「そう? でも、あなたの今の暮らしも、いつか誰かに話す『特別な物語』になるのよ」
お母さんの少女時代と、僕の日常。
僕の知らない昭和の夏は、まるで魔法のようにキラキラと輝いている。
それでも、僕たちの家族の物語は、まだまだこれから。
僕たちの冒険は、これからもずっと続いていく。




