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番外編:お父さんの話 【画面越しの焦燥と、右足に残るぬくもり】

私が妻と子供を日本に残して異国の地へと旅立ったのは、子供がまだ幼稚園に通っている頃だった。

当初、妻は「私も子供と一緒に帯同しようか」と言ってくれた。しかし、何分なにぶん新しい国で子会社を立ち上げる立ち上げ期であり、私自身が現地でのケアを十分にできる自信がなかった。治安も日本のように良くはないし、何より現地で幼稚園を探すだけでも一苦労になる。話し合いの末、私たちは単身赴任という選択をした。

はっきり言って、私は日本語しか話せない。現地では翻訳機を片手に、身振り手振りと怪しい英語でなんとかコミュニケーションをとっている。会社には通訳ができる現地社員がいるので助かっているが、日常生活の孤独感はかなりきつい。テレビをつけても、聴き取れない異国の言語がただ流れていくだけだ。

そんな私の唯一の救いが、夜、日本にいる家族と画面越しに話す時間だった。

幸いなことに時差がほとんどない国だったため、毎晩、妻と子供の顔を見ることができる。これだけが、私がこの地で泥臭く働くための唯一の励みだった。

思い出すのは、あの日——あの大震災の日のことだ。

異国の地で鳴り響いた電話の向こうで、妻が絶叫していた。「すごい地震よ、もうすごい! 日本が沈没しちゃう……どうしよう、どうしよう!」

マンションが激しく揺れ、子供と二人で頑丈なテーブルの下に潜り込んでいるのだという。とっさにエプロンのポケットからスマホを取り出し、連絡をくれたのだそうだ。「揺れが収まると電話が繋がらなくなるから」と、恐怖に震えながらも冷静さを保とうとする妻の声。私は何もできず、ただ受話器を握りしめ、声も出せないまま祈ることしかできなかった。

物理的な距離が、私と日本にいる妻との間に冷酷な温度差を作り出していた。あの時、そばにいてやれなかったという後悔と無力感は、今も私の心のどこかに棘のように刺さっている。

そんな負い目もあってか、私は時折日本へ帰っても、どうしても日本を発ったときの「小さな子供」のままでイメージが止まってしまう。

ついつい子供を甘やかし、幼児を相手にするような接し方をしてしまい、そのたびに妻からは「もう大きいんだから、そんな赤ちゃん扱いはやめて」と叱られていた。

そんな子供も、気づけば小学五年生になっていた。

その年の夏休み、画面の向こうの妻が、今にも泣き出しそうな顔で私に訴えかけてきた。

子供がゲームばかりして反抗的な態度をとること。昼間一人になる子供の将来を案じ、限界を迎えていること。話を聞きながら、私はまたも自分の無力さに焦燥感を覚えた。

私が子供の頃過ごした九州の綺麗な川や、下町での夏休みを思い出し、私はふと提案した。

「……なぁ。三陸の、君の父親と母親のところに、夏休みの間だけ子供を預かってもらえないか」

かつて私たちが家族で訪れた、あの穏やかな三陸の風景が脳裏にあった。

結局、私は現地から口を出すだけで、手配はすべて妻に丸投げするしかなかった。不甲斐ない父親だと、自分自身を責めた。

妻が自分の両親に相談し、子供も渋々ながら納得して一人旅に出た。

送り出した後は、またも「距離の試練」だった。電波の届かない地から子供からの連絡はなく、妻が毎日実家に電話を入れて報告してくれる内容を、毎晩画面越しに聞くことしかできなかった。

しかし、報告される子供の行動が、一日ごとに目に見えて変わっていくのが本当に嬉しかった。

そして夏休みが終わり、画面の向こうには、日焼けしてたくましくなった子供の姿があった。

驚いたことに、子供は自分から目を輝かせながら田舎での出来事を語りかけてくれるのだ。

その弾けるような笑顔を見つめているうち、ある記憶が鮮烈に呼び起こされた。

まだ子供が小さかった頃、私が単身赴任先へ旅立つとき、私の右足に必死にしがみついて離れようとしなかったあの小さな体温。泣きじゃくる子供の肌のぬくもり。

あの時、抱きしめることさえままならなかった私が、今はこうして画面越しに子供の成長を見守っている。

画面の向こうの我が子は、もうあの頃とは違う。しっかりと、自分の足で立って成長している。

けれど、私の右足には、今でもあの時の愛おしいぬくもりが、消えずにずっと残っている。

「……本当によい経験をしたな」

私は画面の向こうの、頼もしくなった我が子の笑顔をじっと見つめた。

この笑顔を、そしてあの震災の日に守り抜いてくれた妻と子供の強さを、私は絶対に忘れない。

それを胸に抱きしめながら、私は今日もこの異国の地で、家族のためにひたすらキーボードを叩き、仕事に向き合っている。

(※この『夏のタイムカプセル(略して夏カプ)』の世界は、番外編としてまだまだ続きます。おじいちゃん・おばあちゃんの家にインターネットをつなぐドタバタ劇なども執筆予定ですので、引き続きお付き合いいただけると嬉しいです!)

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