最終話:魔法のハムを抱えて、日常という名の物語へ
ホタルを見た翌日、僕はすっかり寝坊してしまった。おばあちゃんも、あえて起こさずにいてくれたらしい。朝食を終える頃、外から賑やかな声が聞こえてきた。
ガラッと扉を開けると、そこには以前海で海藻を投げつけてきたアイツと仲間たちがいた。「出かけようぜ!」と誘われ、戸惑いながらも僕は家を出た。
アイツらの遊びは、僕の知らないことばかりだった。裏山の小川でドジョウをすくい、とっておきの木を蹴飛ばしてカブトムシを降らせる。僕は虫が大の苦手で何度も逃げ出したけれど、いつの間にか釣り針に餌をつけられるようになり、釣った魚を自分でおばあちゃんに焼いてもらう楽しさを覚えていた。
帰る前の日、おばあちゃんはまた「魔法のハム」を焼いてくれた。
「冬休みでも、夏休みでも、いつでも遊びにおいで」
おじいちゃんとおばあちゃんの言葉が、心の奥にじわじわと染み込んでいく。不思議だ。普段、東京で親や先生に説教されると反発したくなるのに、二人の言葉は驚くほど素直に心に入ってくる。
翌朝、僕はリュックを背負った。おじいちゃんは駅まで送ると言ったけれど、僕はバス停まででいいと頼んだ。あの景色をゆっくり眺めながら帰りたかったからだ。
車窓から見える神社や防潮堤に、僕は心の中で深く頭を下げた。おばあちゃんが「毎日、お母さんがあなたの様子を気にかけて電話をくれていたのよ」と教えてくれた。僕は、親に一度も連絡していなかったことに気づき、少し恥ずかしくなった。
商店に寄ってもらい、お年玉を貯めたお金で、あの高級なハムを買った。保冷剤でずっしりと重いリュックを背負い、バスに揺られる。バス停で見送ってくれる二人に、僕は見えなくなるまで手を振り続けた。
東京に着き、改札を出るとお母さんが待っていた。駆け寄って抱きつくと、少し恥ずかしかったけれど、心の底からほっとした。
夕飯は、お土産のハムだ。厚めに切って焼いてもらい、大好きな冷たいビシソワーズと並ぶ。久しぶりのお母さんの手料理に、僕は思わず音を立ててスープを飲み干した。
お母さんが「お行儀が悪いわよ」と注意する。
以前の僕なら、せっかく帰ってきたのにとイラついていただろう。けれど今は、その注意さえも、温かい何かに包まれて胸にすっと入ってくる。
「ただいま」
そう心の中で呟きながら、僕はハムを頬張った。
この夏、僕が持ち帰ったのはハムだけじゃない。おじいちゃんとおばあちゃんが僕の心に灯してくれた、日常を愛する魔法。
僕の夏休みは終わったけれど、僕の物語はここからまた、新しく続いていく。
(※この物語は第12話で完結となりますが、後日『番外編』を投稿予定です。物語の裏側にあったもう一つのエピソードも、ぜひ楽しみにしていてください!)




