番外編:【昔の記憶と今のビル群、そしてお父さんの空腹】
翌日は、おじいちゃんとおばあちゃんが「どうしても新婚当時に住んでいた品川の家を見てみたい」と言うので、みんなで出かけることになった。平日だったけれど、僕も「今日だけは家族のルーツを知りたい」と主張して、お父さんとお母さんの車に一緒に乗せてもらった。
現地に近づき、近くのコインパーキングに車を止めてスマホのマップを見ながら歩き出すと、おじいちゃんもおばあちゃんもあたりをきょろきょろと見回し、ずっと首をかしげ続けていた。昔は木造の家ばかりだったはずの街並みがすっかりビルだらけになっていて、その激変ぶりにびっくりしていたようだ。
お母さんがしみじみと言った。
「だいぶ前にネットのマップで見たことがあったの。その時はまだもう少し昔の雰囲気が残っていて、住んでいた建物も会社になってたけど昔住んでいた木造の建物の面影はあったのよね。……今はすっかりビルになっちゃってるのね」
「本当に、すごい時代になったもんだなぁ」
とおじいちゃんもつくづくうなずいた。
「それにしても、こんなに道が狭かったっけ……。私の記憶だと、五反田駅からバスに乗って、高速道路の下のバス停で降りて家に帰った記憶があるんだけど……あの高速道路のコンクリートの巨大さが、子供の頃はなんだか不気味で怖かったのよね」
お母さんがそう振り返ると、おばあちゃんも懐かしそうに目を細めた。
「今みたいに駅前も栄えていなくて、普通の住宅街の中にちょこんと駅があった感じだったわね。五反田や品川に行くには、やっぱりバスが一番便利だったのよ」
「そういえば一番最初に、緑色の小鹿のバンビの目覚まし時計を買ってもらったのが目黒の不動商店街だったんじゃないかしらねぇ、お父さん?」
お母さんがそう言うと、おじいちゃんは目を細めて笑った。
「そうそう、あの頃は商店街に行けば何でも揃ったんだよ。ここから一番近くて、この辺りは今でもよくテレビでやるような有名な商店街がたくさんあったんだ。本当に便利なところに住んでいたんだよなぁ」
お母さんは、懐かしそうにあたりを見回しながら続けた。
「そういえば、この辺りの道路もずいぶん変わっちゃったわね。昔はここから道が続いていたのに、今はなくなってビルになっちゃってる……。あ、思い出した! 家の裏に駐車場があったんだけど、そこもなくなっているのね。それに自分の家の前の道路で、近所の子とテニスのソフトボールを投げ合って遊んでたの。四つ角で少し広くなってて、ボールが転がっていっちゃって、それを取ろうとして車が来てるのに気づかなくて……。『パーン!』ってすごい音がしてボールはひかれちゃったんだけど、私は間一髪でひかれなくて済んで。すっごく怖い思いをしたあの思い出の道路も、もう途絶えちゃってるのね。なんだか坂道になってたような記憶もあったんだけど……」
記憶の糸をさらにたぐり寄せるように、お母さんは話を続けた。
「この家の前の細い道をまっすぐ行って、少しすると左に急な階段があってさ、そこを通って幼稚園に通っていたわよね」
「そうそう、神社のところに幼稚園があったのよね」とおばあちゃんが笑う。
「ある日、その階段を降りたところに、巨大なドブネズミがフラフラ歩いていてね。『あれは毒を食べているから危ないから近づいちゃダメよ!』ってお母さんに言われて、道の端っこをびくびく歩いたのをすごく覚えてる!」
「そんなこともあったわねぇ」とおばあちゃんは楽しそうだ。
「毎日、私にとってはものすごい長い距離を歩いた記憶があって、遊園地の遠足のときなんか歩きすぎて全身筋肉痛になって立ち上がれなくなっちゃって。当時は家に電話がなかったから、お母さんがわざわざ幼稚園まで『筋肉痛で休みます』って連絡に行ってくれたんだよね」
「あなたにとっては遠い道のりに感じたかもしれないけれど、大人の足だったら10分もかからない距離だったのよ」
とおばあちゃんが優しく笑う。
「毎日毎日、私にとっては大冒険だったのよね……」
おじいちゃんとおばあちゃん、そしてお母さんが昔をしみじみと懐かしんでいる話を、僕もとても興味深く聞いていた。……のだけれど。
ここでやっぱり、お父さんは空気を読まなかった。
「そろそろお腹がすいたなぁ! 有名な商店街もあるんだしさ、早くお昼を食べに行こうよ!」
せっかくのいい話が台無しになってしまった。
お父さん、またまたやらかしたね……。
家族の思い出をめぐる旅は、まだまだ続いていく。




