番外編 :【お母さんの完璧な下調べ】
みんなで東京のマンションの最寄り駅に帰り着き、マンションに行く前に夕飯を食べた。直前にお父さんのお弁当事件があったせいで、あまりお腹は空いていなかったけれど、各自のペースで好きなものを調整して食べられるという理由で、夕飯は回転寿司に入ることにした。おじいちゃんやおばあちゃんの家で食べる新鮮な海の幸とはまた違うけれど、今の回転寿司もネタが新鮮でおいしいものが多いから、僕は大好きだし、おじいちゃんたちにもお勧めした。
家に帰ってからは、みんな長旅の疲れが少し残っているものの、温かいお茶を飲みながら「明日からの方針」について話し合いを始めた。もちろん、僕も一緒に同席している。
そこで発揮されたのが、お母さんのすさまじい下調べだった。日頃からスマホの新機種の操作に悪戦苦闘しながらも、試行錯誤して覚えいただけあって、今回の準備は完璧だった。
「まず、私が調べたことを話すから聞いてね。良さそうな選択肢を3つに絞って提案させてもらうわ」
お母さんの優しい、けれど気合の入った笑顔に従い、僕たちはお茶をすすりながらじっと耳を傾けた。
1つ目の案は、UR賃貸住宅(「りべるま」や高齢者向け優良賃貸住宅)。
URには、高齢者が安心して暮らせるバリアフリー構造の住宅や、見守りサービスが付いた物件がある。都営住宅と違って「日本国籍または資格を持つ外国人で、独立した生計を営んでいること」などを満たしていれば、地方からの引っ越しでも申し込みが可能な物件が多く、連帯保証人も不要な場合が多い。そのため、地方から東京へ呼び寄せる窓口としては非常に現実的でスムーズだ。
さらに、URは「管理サービス事務所」への連絡やWebで内覧予約をすれば、実際の空室を見せてもらうことができる。お母さんは、このマンションの近くにある良さそうな物件を、なんと明日すでに予約してあるそうだ。
2つ目の提案は、最近ニュースやメディアで話題の「学生と高齢者の共生型アパート(世代間交流型シェアハウスなど)」。
各地の自治体・大学、URなどが連携し、空室の多い団地やアパートの一角に大学生が安く入居する代わりに、高齢者の見守りやイベント参加、日常のちょっとした交流を行うという、お互いにとってWin-Winの取り組みだ。
民間にも同じような制度のアパートがある。
民間のアパートがやっているこうしたユニークな物件は「交流」を大切にしているため、入居前にお茶会への参加や見学を「必須」としているところが多い。こちらもちょうど明後日にお茶会があるため、みんなで参加できるようにすでに予約を済ませてあるとのことだった。
費用の面についても、UR(公社含む)なら都営より月々は高くなるものの、礼金・仲介手数料が不要で更新料もないため初期費用が抑えられる。
民間の高齢者向けシェアハウスは、サービスや交流イベントがある分相場より少し高くなることもあるが、安心料が含まれていると考えれば納得できる範囲だとのことだった。
3つ目の案は、都営住宅(東京都)の高齢者向け・シルバーピアなど。
高齢者向け一般募集のほか、単身高齢者などが申し込める制度があり、高齢者向けの設備や緊急通報装置が備わった住宅もある。費用の面では圧倒的に安く、世帯年収に応じて家賃が決まるため高齢者世帯には非常に助かる存在だ。
ただ、基本条件として「東京都内に現に同居し、または単身で居住していること(都に住民票があること)」という要件が必要になることが多く、地方から直接新規で申し込むのはハードルが高い。さらに、見学のハードルも高く、基本的に抽選や申し込みが先になるため「入居前に気軽にお部屋を見学する」ということができない。何より倍率が高く「すぐには入れない」のが最大の難点だった。
そのため、今回はおじいちゃんもおばあちゃんも東京都に住民票がないため、都営住宅の選択肢は自然と省くことになった。
こうして、お母さんのわかりやすいプレゼンのおかげで方針が綺麗にまとまった。
僕は明日から学校だから、実際の見学には一緒に行けないけれど、お父さんとお母さんがちゃんとおじいちゃんとおばあちゃんをサポートしながら回ってくれるらしい。もしかしたら僕が学校から帰ってくるまでに間に合わないかもしれないけれど、おじいちゃんとおばあちゃんの今後を決める大切なことだから、帰ってきてから話をゆっくり聞くことにしよう。
その日はさすがにみんな疲れていたので、早めに床につくことにした。
僕も明日は学校だ。みんなが見学から帰ってきたら、今週は夜の外食もできるみたいだし、それだけはちょっと楽しみだなと思いながら、僕は眠りについた。
僕たちのタイムカプセルは、こうしてまた新たなページを積み重ねていく。




