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フランケンシュタインNEO ―ひまわりの記憶―  作者: 八雲 海


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12/15

第12話 ネオ、私よ

翌朝から、街が変わった。

動画は一夜にして拡散した。テレビのニュースが取り上げた。ネオの映像が、何度も何度も流れた。男の腕を掴んで離さないシーン。サラが必死に止めるシーン。繰り返し、繰り返し。

コメンテーターが言った。

「ロボットによる暴力行為です。一刻も早い対処が必要です。」

誰もサラに話を聞かなかった。


研究室の前に人が来るようになった。

最初は数人だった。次の日は十人になった。その次の日は、警察が来た。

「ロボットの一時停止と引き渡しを求めます。」

サラは玄関げんかんで向き合った。

「ネオは危険じゃない。チップに問題が——」

「判断するのは我々《われわれ》です。」

「話を聞いてください。アークテック社が——」

木村きむらさん。任意にんいでお願いしています。でも従っていただけない場合は——」

サラは扉を閉めた。

研究室に戻った。ネオが立っていた。全部聞こえていた。

「サラ。」

「大丈夫よ。」

「私のせいです。」

「違う。」

「私が——」

「違うって言ってるでしょう。」

サラの声が、少し震えた。

ネオはサラを見た。その目が、今日は少し近かった。昨日より、本来のネオに近かった。

「サラ。逃げてください。私を置いて。」

「嫌よ。」

「私といると——」

「嫌だって言ってるでしょう。」

サラはネオの手を掴んだ。

「約束したでしょう。いなくならないって。私も同じよ。」

ネオは何も言わなかった。

サラも何も言わなかった。

扉の外から、人の声が聞こえていた。


その夜、サラは決断した。

ここにはいられない。でもネオを渡すわけにはいかない。アークテック社に渡れば、ネオは完全に別の何かになる。

逃げるしかなかった。

サラは必要なものだけをバッグに詰めた。データ、記録、証拠、工具こうぐ。チップを抜くための道具も入れた。

まだ使うつもりはなかった。

でも持っていかなければならなかった。

バッグを閉める時、手が止まった。

工具袋の重さが、てのひらに伝わってきた。

まだだ。サラは自分に言い聞かせた。まだその時じゃない。

「ネオ。行くわよ。」

「どこへ。」

「まだ分からない。でもここじゃないどこかへ。」

「一緒に、ですか。」

「当たり前でしょう。」

ネオは小さく頷いた。


深夜しんやに研究室を出た。

街は静かだった。冬の空気がするどかった。サラは足早に歩いた。ネオはその隣を歩いた。

駅に向かう途中だった。

後ろから声がした。

「いたぞ。」

振り返った。男たちだった。警察ではなかった。呼びかけて集まった市民だった。

その中に、見覚えのある顔があった。

公園でいつもベンチに座っていた、あの老人だった。

杖をついて、立っていた。

サラと目が合った。

老人は何も言わなかった。視線を逸らさなかった。でも声もあげなかった。ただ、そこに立っていた。

サラには分からなかった。老人が何を思っているのか。助けたいのか、それとも止めたいのか。

考える時間はなかった。

「ロボットを渡せ。」

サラはネオの手を引いて走った。

路地に入った。角を曲がった。また曲がった。

声が遠くなった。

路地の奥で、サラは壁に背をつけて息を整えた。白い息が暗闇に消えた。

ネオがサラを見た。

「サラ。苦しいですか。」

「平気よ。」

うそです。」

サラは小さく笑った。

「少しだけね。」

ネオはサラの顔を見ていた。

「老人が、いましたね。」

サラは頷いた。

「誰かを大切にしている目をしている、と言った人ですか。」

サラは答えなかった。

路地の向こうで、声が遠ざかっていった。

老人が何も言わなかった理由を、サラはまだ考えていた。


それからの日々は、逃げることだった。

一か所に留まらなかった。知人の家、古いアパート、閉まった工場の隅。転々とした。

ネオの状態は、一日ごとに変わった。

穏やかな日もあった。いつものネオだった。サラの話を聞いて、質問して、窓の外を見て。そういう日はサラも少し眠れた。

でも突然、遠くなる日があった。

ある夜、古いアパートの一室でネオが突然立ち上がった。扉に向かって歩き始めた。

「ネオ。」

返事がなかった。

「ネオっ。」

サラがネオの前に立った。

ネオの目が、遠かった。アークテック社からの命令が来ていた。サラには分かった。

「ネオ。私よ。」

ネオは止まらなかった。

「ネオっ。私よ。サラよ。」

一歩、また一歩。ネオが近づいてきた。

サラは動かなかった。

ネオの顔が目の前に来た。

「ネオ。約束したでしょう。人を裏切らないって。子供と老人には優しくって。人の役に立つって。」

ネオが止まった。

一瞬だった。

目の奥で、何かが揺れた。覆われていたものの向こうから、本来のネオが顔を出した。

「……サラ。」

「ここにいるわ。」

「私は——どこに——」

「大丈夫よ。ここにいる。私がいる。」

ネオの体から、力が抜けた。膝をついた。サラはネオを支えた。

しばらく、そのままでいた。

ネオが顔を上げた。目が、近かった。

「サラ。私は、いつまで私でいられますか。」

サラは答えなかった。

代わりにネオの頭に手を置いた。

「おかしくない。あなたは何もおかしくない。」

「でも——」

「おかしいのは、あなたじゃない。」

ネオは黙った。

サラはネオを抱きかかえるようにして、床に座った。冷たい床だった。

しばらくして、ネオが静かに言った。

「サラ。ひまわりは、今どこにありますか。」

「冬だから、枯れてるわ。でも種は残ってる。」

「春になったら、また咲きますか。」

「咲くわよ。」

ネオは頷いた。

「見たいですね。」

サラは答えなかった。

見せてやりたかった。春のひまわりを。黄色い花が一面に咲いて、同じ方向を向いて、風に揺れるあの景色を。

でも春まで、ネオがネオでいられるか、サラには分からなかった。

窓の外で、冬の風がうなっていた。



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