王城の噴水②
重たい空気が、執務室へ落ちる。
窓の外では、昼の光が王城中庭へ降り注いでいた。
噴水の水面が、陽光を受けて静かに揺れている。
ただそれだけの光景。
なのに。
セレネの視線だけが、そこへ縫い止められていた。
海色の瞳が、じっと水面を見つめている。
水音は小さい。
けれど。
静まり返った執務室では、やけに耳へ残った。
ちゃぷん。
ちゃぷん。
一定の間隔で揺れる水面。
その音を聞いているうちに、ルシアンまで妙な感覚を覚え始める。
まるで。
噴水だけが、この部屋と切り離されているみたいだった。
「……セレネ?」
ルシアンが声をかける。
だが。
セレネはすぐには答えなかった。
視線は、まだ噴水へ向けられたままだ。
まるで。
水面の奥に、何かを探しているみたいに。
その横顔を見て、ルシアンの眉が僅かに寄る。
普段のセレネは、考え込むことはあっても、ここまで一点を見つめ続けることは少ない。
騎士もまた、つられるように窓の外を見た。
だが。
見えるのは、昼の中庭だけだ。
使用人たちが行き交い、庭師が花壇を整えている。
いつもの王城。
何もおかしくない。
なのに。
なぜか空気だけが冷えている。
やがて。
セレネが静かに口を開く。
「警備は」
「は?」
「王城中庭の警備状況です」
突然の問いに、騎士が戸惑った顔をする。
「通常通りですが……」
「夜間も?」
「え、ええ。中庭周辺は常時巡回があります」
王城中庭は、王族の生活区域に近い。
当然ながら警備は厳重だ。
外部の侵入など、本来あり得ない。
だが。
セレネの表情は変わらない。
「巡回人数は」
「夜間は六名です。交代制で常時二名が噴水周辺を巡回しています」
「死角は」
「ありません」
騎士は即答した。
ルシアンも小さく頷く。
「王城の中庭だぞ。学院とは違う」
つまり。
もし次の事件がここで起きれば。
それは。
犯人が王城内部へ入り込めるということになる。
あるいは。
最初から内部にいる。
部屋の空気が、わずかに張り詰めた。
騎士の喉が、ごくりと鳴る。
王都の事件とは意味が違う。
王城で怪異事件が起きれば、国全体が揺れる。
王家の権威にも関わる問題だった。
セレネは静かに目を伏せる。
「……やはり妙です」
「何がだ」
「今回の犯人は、噂を広げることを優先している」
セレネはゆっくり続けた。
「ならば次に狙うのは、“より恐怖が広がる場所”のはずです」
ルシアンの表情が険しくなる。
「王城か」
「はい」
静かな肯定だった。
「王都で二件。
次が王城なら、噂は一気に“本物”になります」
騎士の顔色が変わる。
「ま、まさか本当に……」
「まだ断定はできません」
セレネは淡々と言った。
だが。
その海色の瞳だけは、再び窓の外へ向けられる。
陽光を反射する噴水。
揺れる水面。
昼間だというのに。
なぜかそこだけ、妙に冷たく見えた。
「……嫌な感じがします」
小さな呟きだった。
ルシアンは思わず彼女を見る。
その言葉を、彼女が口にするのは珍しい。
論理で話すセレネが、“感覚”を口にしている。
それが妙に不気味だった。
「お前、何か気づいてるのか」
セレネは少しだけ沈黙した。
そして。
「……まだ、繋がっていません」
珍しく曖昧な返事。
ルシアンの眉間へ皺が寄る。
その時だった。
王城の外から、鋭い悲鳴が響いた。




