第86話 気がかり
――けれど。
しばらくしてから。
セラフは、ふと口元の笑みを小さくした。
「……あの」
控えめな声だった。
その場にいた皆が、自然とセラフを見る。
「どうしたの?」
モルディナが尋ねる。
セラフは、すぐには答えなかった。
何かを迷っているように。
一度、視線を落とす。
実は。
ずっと気になっていたことがあった。
王城へ向かう前から。
リゼルと再会してからも。
そして、国王の前に立っていた時も。
心の片隅から、一度も消えたことはなかった。
「あの女の子のことなのです」
ヴォルガドたちの表情が、少し変わる。
「あの子を、このままにしておくことが、ずっと気になっておりました」
セラフは、ゆっくりと続けた。
「皆さんと合流してから、お話ししようと思っていたのですが」
少しだけ申し訳なさそうに微笑む。
「リゼルさんのお話がございましたので」
「……今になってしまいました」
リゼルが、静かにセラフを見る。
自分のことが終わったから、ようやく。
セラフは、次のことを考えられるようになったのだ。
「確かに」
カトレアが頷いた。
「あの子を、いつまでもあの場所に一人で置いておくわけにはいきませんね」
「はい」
セラフは頷く。
「ですが……」
そこで、少し困ったように眉を下げた。
「わたくしたちが、そのまま一緒に連れて帰ることが」
「本当にあの子のためになるのかは、分かりません」
モルディナが首を傾げる。
「どういうこと?」
「あの子にも、これからどうしたいのかというお気持ちがあると思うのです」
セラフは言った。
「けれど」
「今すぐに、これからのことを決められるとは思えません」
誰も、すぐには言葉を挟まなかった。
セラフの言葉を聞いている。
「ですから」
「まずは安心して過ごせる場所を見つけて差し上げることが、一番なのではないかと思いまして」
「なるほどねぇ」
モルディナが小さく呟いた。
「それで、誰かに預けたいの?」
「はい」
セラフは頷いた。
そして。
「……サイラスさんたちは、まだこの街にいらっしゃるでしょうか」
カトレアが目を瞬かせた。
「サイラスさんたち、ですか?」
「はい」
「国の方々にお願いすることも考えたのですが……」
セラフは少し考えるように視線を伏せる。
「わたくしは」
「サイラスさんたちの方が、よろしいのではないかと思うのです」
「レジスタンス、か」
ヴォルガドが呟いた。
「はい」
セラフは、静かに頷いた。
「国の方々が良くないということではございません」
「ただ……あの子は、ずっと一人で隠れていたのでしょう?」
「ですから」
セラフは、ほんの少しだけ微笑んだ。
「まずは、あの子のお話を聞いてくださる方がよろしいように思うのです」
リゼルは、その言葉を聞きながら。
胸の奥が、少しだけ温かくなるのを感じていた。
先ほどまで。
自分自身が、誰かに気持ちを聞いてもらっていた。
そして今。
セラフは、あの少女の気持ちを考えている。
「サイラスたちなら、まだ調査を続けているはずだ」
ヴォルガドが言った。
「地下の方にいるのではないかしら」
モルディナも続ける。
「監獄の?」
「ええ」
セラフの表情が、少し明るくなる。
「では」
皆の顔を見回した。
「一度、お願いできるか聞いてみてもよろしいでしょうか」
「いいんじゃない?」
モルディナが答える。
「私も、それでいいと思います」
カトレアも頷いた。
最後に。
セラフはヴォルガドを見る。
ヴォルガドは、少しだけ考えるように目を細めたあと。
「構わん」
と答えた。
セラフの表情が、ぱっと明るくなる。
「ありがとうございます」
「礼を言うことではない」
「ですが、皆さんのお時間をいただきますから」
「……そういうところだ」
「はい?」
「何でもない」
ヴォルガドは、それだけを言うと歩き出した。
モルディナが、楽しそうに笑う。
「じゃあ、行きましょうか」
「はい」
セラフは嬉しそうに頷いた。
リゼルもまた、その後ろへ続く。
こうして一行は。
デラクストーンを離れる前に。
もう一つだけ、気がかりだった場所へと向かうことになった。
監獄の地下。
サイラスたちが、まだ調査を続けているはずの場所へ。




