第83話 リゼル
「……私は」
声が、僅かに震えた。
リゼル自身、その震えに驚いたようだった。
自分は今まで、何を考えて生きてきたのだろう。
聖女に仕える。
それが、自分の務め。
そのために生まれ、そのためにここにいる。
そう思っていた。
だから、五年前。
愛の聖女――セラフィナイトが姿を消した時も。
自分が何をしたいかなど、考えなかった。
ただ、探さなければならない。
それだけだった。
「私の務めは……」
リゼルは、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「聖女様にお仕えすることです」
国王は、黙って聞いている。
「それ以外のことを、自分の意思で考えたことなど……ほとんどありませんでした」
五年間。
長い時間だった。
王都を離れたことも、一度や二度ではない。
人の話を聞き。
古い記録を調べ。
噂を追い。
時には、何の手掛かりもない場所へ足を運んだ。
見つからなかった。
何度も。
何度も。
それでも、諦めることはできなかった。
「この五年間、様々な場所へ赴きました」
「必死になって、捜索して……」
リゼルの指先が震える。
「けれど、自分の務めが一体何なのか……」
そこで、言葉が詰まった。
「そんなことを考える余裕すら、私にはありませんでした」
ただ探す。
それだけで一日が終わった。
また見つからなければ、次の日へ向かった。
疲れていても。
心が折れそうになっても。
それでも歩いた。
「それほどまでに……」
リゼルは、一度息を呑んだ。
「愛の聖女様――セラフィナイト様の存在は、私にとって大きなものでした」
その名を口にするだけで、胸の奥が締めつけられる。
「また、お会いしたい」
「もう一度、お顔を拝見したい」
「もう一度、お声を聞きたい」
「ただ、それだけを……私はずっと考えていたのです」
五年間。
それが、リゼルを動かしていた。
そして。
そんな日々の中で。
「……そんな時でした」
リゼルの視線が、静かにセラフへ向く。
「こちらにいる、セラフさんと出会ったのは」
セラフは何も言わない。
ただ、リゼルを見つめている。
「ほんの短い時間でした」
「一緒に食事をして……」
「お話をして……」
思い返すだけで、少しだけ表情が和らぐ。
「美味しいパンをいただいて」
「ただ、それだけだったのかもしれません」
けれど。
「……不思議だったのです」
リゼルは小さく息を吐いた。
「なぜなのかは、私にも分かりません」
「ただ……」
声が僅かに震える。
「また、この方とご一緒したいと思いました」
その言葉を口にした瞬間。
リゼル自身が、それを初めて自分の意思として認めたようだった。
「……それは、紛れもない私の気持ちです」
しかし。
その直後、表情が曇る。
「ですが……」
「私の務めは、セラフィナイト様を捜索し続けることでした」
「その務めを果たさぬまま、オルテシア様にお仕えするというのは……」
唇が僅かに震えた。
「……あまりにも、失礼なことではないでしょうか」
オルテシアが静かにリゼルを見る。
リゼルは続けた。
「私には、聖女様を探すという役目がありました」
「それを途中で置いて、新たな聖女様にお仕えする」
「それでは……」
声が震える。
「これまで私を信じてくださった方々にも……」
「何より、オルテシア様にも……申し訳なく思います」
リゼルは深く頭を下げた。
「申し訳ございません」
「リゼル」
オルテシアが小さく声をかける。
けれど、リゼルは顔を上げられなかった。
「本当に申し訳ございません」
今はそれが精一杯だった。




