第84話 一年の猶予
「……私は」
しばらくして、リゼルは再び口を開いた。
「今回、セラフさんが私に会いに来てくださったと聞きました」
セラフの瞳が僅かに揺れる。
「そして……」
リゼルは顔を上げた。
その瞳には、僅かに涙が滲んでいた。
「ここまで私の気持ちを心配してくださっている」
「嬉しかったのです」
その言葉は、今まで誰にも言えなかったものだった。
「私は……」
リゼルはセラフを見る。
「セラフさんと、もう一度ご一緒したいと思いました」
静かな声だった。
けれど、そこには確かな意思があった。
「それが……ただの私の思いなのかもしれません」
「私が、そう願っているだけなのかもしれません」
それでも。
「けれど……」
リゼルは、もう一度セラフを見る。
「セラフさんは、私が探し続けてきた方と……」
言葉を選ぶように、一度口を閉じる。
「何かしらの関わりがあるのではないかと」
「そう……思ってしまうのです」
根拠などない。
確信もない。
ただ。
五年間、愛の聖女を追い続けてきた自分の中にある、言葉では説明できない感覚だった。
国王は、黙ってリゼルを見つめていた。
やがて、リゼルは深く頭を下げる。
「国王様」
「もし……お許しいただけるのであれば」
声は震えている。
それでも、今度は自分の意思で言葉を続けた。
「私が気持ちを整理できるまで……」
「この方と共に過ごす時間を、いただけないでしょうか」
そして、すぐに言葉を継いだ。
「ですが……このままずっと、とは申しません」
「期限付きで構いません」
「どうか……少しだけ、時間をいただきたいのです」
再び、静寂が訪れた。
国王は目を閉じた。
その姿を見つめながら、誰も口を開かなかった。
やがて。
国王は静かに目を開く。
「……其方の気持ち、十分に理解した」
リゼルが顔を上げる。
「これまでの五年間」
国王はゆっくりと言葉を続けた。
「愛の聖女を探すという任務を、ただ一度も投げ出すことなく続けてきた」
「その間に、どれほどの場所を巡り、どれほどの人々と出会い、どれほどの期待と重圧を背負ってきたのか」
一度、言葉を切る。
「余には、そのすべてを知ることはできぬ」
「だが……」
国王の声が、少しだけ柔らかくなる。
「その重さが並大抵のものではなかったことくらいは、分かる」
リゼルの瞳が揺れた。
国王は司祭へ顔を向ける。
「司祭」
「はっ」
「オルテシアに仕える侍女については、改めて人選を行うように」
「リゼルに無理をさせる必要はない」
「承知いたしました」
司祭が深く頭を下げる。
国王は、再びリゼルを見る。
「リゼルよ」
「はい」
「其方には、一年の猶予を与える」
「……一年」
「うむ」
国王は頷いた。
「その一年を、己の気持ちを整理するために使うがよい」
「探し続けるのもよい」
「誰かと共に過ごすのもよい」
「その時間をどう使うかは、其方に任せよう」
リゼルは、言葉を失った。
自分のために使っていい時間。
そんなものを与えられたことなど、今まで一度もなかった。
国王は続ける。
「ただし――」
その声が、僅かに厳かになる。
「一年が過ぎた時には、この場へ参れ」
「その時、改めて其方自身の答えを聞こう」
リゼルは深く頭を下げた。
「……はい」
そして国王は、ゆっくりとセラフへ視線を移した。
「その時は――」
ほんの僅かに目を細める。
「そのセラフ殿と共に参るがよい」
「……!」
リゼルが顔を上げた。
セラフも驚いたように目を瞬かせる。
国王は二人を見つめていた。
「そなたが望んだ時間だ」
「ならば、最後まで己の目で確かめるがよい」
「一年後、ここで待っておる」
「……ありがとうございます、国王様」
リゼルは深く頭を下げた。
その肩から、ほんの僅かに力が抜けていく。
セラフは、そんなリゼルを静かに見つめていた。
そして。
いつものように、穏やかに微笑んだ。
その笑顔を見たリゼルもまた、ほんの少しだけ笑った。
五年間。
ずっと探し続けていた。
けれど今、初めて。
自分がどこへ向かいたいのかを、自分自身で考える時間を与えられた。
その隣には――。
セラフがいる。
それだけで、今は十分だった。
王は続けた。
「リゼル、そしてセラフ殿。2人はこの場から退出しても良い」
応接室を出る頃には、窓の外から差し込む光が少しだけ傾いていた。
長い話を終えた静かな空気の中、リゼルは隣を歩くセラフへ視線を向ける。
「……セラフさん」
「はい?」
「今日は……本当に、ありがとうございました」
セラフは少しだけ首を傾げた。
「ふふ。わたくしは、何もしておりませんよ」
「いいえ」
リゼルは小さく笑う。
「してくださったことは、たくさんあります」
セラフは何も答えなかった。
ただ、嬉しそうに微笑む。
二人の歩幅が、自然と揃っていく。
まだ一年。
それが長いのか、短いのか。
リゼルには分からなかった。
けれど。
初めて、自分で選べる未来が目の前にある。
そのことが、今は何より嬉しかった。
そしてセラフもまた、隣を歩きながら静かに前を見つめていた。
二人の間に、言葉はなかった。
それでも。
不思議と、その沈黙は心地よかった。




