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徳を積みすぎたモブ願望の元聖女。 朝の挨拶で魔王が安眠し、なぜかお隣さんになりました!  作者: 黒武者
第三章 デラクストーン国

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第82話 セラフの願い

 応接室は、再び静寂に包まれた。


 国王は一度ゆっくりと息を整える。


 そして、改めて目の前にいる者たちを見渡した。


「皆、ご苦労であった」


 静かな声が響く。


 司祭が深く一礼する。


「お時間をいただき、ありがとうございます」


「よい」


 国王は頷いた。


 そして、もう一度、一同へ視線を向ける。


 オルテシア。


 リゼル。


 そして――。


 銀髪の少女。


「……ところで」


 国王の視線が、セラフへ向いた。


「そちらにいる少女は?」


 セラフは、きょとんとしたように顔を上げた。


 自分のことだとは思っていなかったのだろう。


 司祭が一歩前へ出る。


「こちらは、セラフィナイトという少女でございます」


「セラフィナイト……」


 国王は、その名を口の中で確かめるように呟いた。


(消えた聖女と同じ名……。偶然としては……)


 そして、改めてセラフを見る。


「其方は、どうしてこの場に?」


 問われて、セラフは一度リゼルへ視線を向けた。


 それから、国王へ向き直る。


 促されるまで口を開かなかったのは、王の前で勝手に話すべきではないと思っていたからだ。


 セラフは静かに一礼した。


「セラフィナイトと申します」


「本日は、お招きいただきありがとうございます」


 そして、柔らかな笑みを浮かべる。


「わたくしは、お友達のリゼルさんに会いに参りました」


「……友達?」


 国王の眉が僅かに動いた。


「リゼルは以前より、この王城にて聖女を支えてきた者だ」


「なぜ、其方が友達と呼ぶ?」


 責めるような声ではなかった。


 ただ、不思議だったのだ。


 五年間もの間、聖女を探し続けてきたリゼル。


 その彼女と、この見知らぬ少女が友人だという。


 セラフは少しだけ考えるように目を伏せた。


「ご一緒した時間は、短いですけれど……」


 そして、穏やかに微笑む。


「そんなのは、問題ではございませんもの」


「美味しいパンをいただいて」


「一緒に時間を過ごす」


「それだけで、とても幸せなのです」


 あまりにも素朴な答えだった。


 国王は黙ってセラフを見る。


 やがて、視線をリゼルへ移した。


 リゼルは、少し照れたように目を伏せている。


「そうか……」


 国王は小さく呟いた。


 その一言には、先ほどまでとは違う何かが含まれていた。


 司祭が改めて口を開く。


「では、紹介を続けさせていただきます」


 国王が頷く。


「まずは、オルテシアからでございます」


 名を呼ばれたオルテシアが、一歩前へ進む。


 裾を整え、深く頭を下げた。


「オルテシアと申します。本日は、このようなお時間を賜り、誠にありがとうございます」


「顔を上げよ」


 オルテシアが、ゆっくりと顔を上げる。


 国王は、その瞳をじっと見つめた。


「緊張しておるな」


「はい」


「だが、その奥には確かな意志が見える」


 オルテシアの表情が僅かに引き締まる。


「これから多くを学び、この国の民を支えてほしい」


「はい。精一杯、努めさせていただきます」


 力強い返事だった。


 国王は満足そうに頷いた。


「よい」


 続いて、国王の視線がリゼルへ向く。


「そして、リゼル」


「はい」


 リゼルが一歩前へ出る。


 国王は、先ほどまでとは少し違う穏やかな表情を浮かべた。


「其方のことは、司祭より幾度となく聞いておる」


「五年もの間、愛の聖女を捜し続けながら、この城で侍女としての務めも果たしてきたそうだな」


 リゼルは静かに頭を下げる。


「身に余るお言葉にございます」


「いや、事実だ」


 国王は首を横に振った。


「成果の見えぬ務めほど、人の心を試すものはない」


「それでも其方は、歩みを止めなかった」


 その言葉に、リゼルの瞳が僅かに揺れた。


「王として、その忠義と尽力に心より感謝する」


「……ありがとうございます」


 リゼルは深く頭を下げる。


 顔を上げた時、その表情にはいつもの穏やかな笑みが戻っていた。


 けれど。


 セラフは、その笑顔を静かに見つめていた。


 国王が一人ひとりを紹介し終えたところで、いよいよ本題へと入る。


「では、オルテシア」


「はい」


「そなたを、本日付でデラクストーン王国の聖女として正式に任命する」


 厳かな声が響く。


 オルテシアは深く頭を下げた。


「謹んで、お受けいたします」


「うむ」


 国王は頷く。


「そなたには、これから多くの務めが待っている。だが、一人ですべてを背負う必要はない」


「周囲を頼り、己の務めを果たすがよい」


「はい」


 オルテシアの返事に迷いはなかった。


 そして。


 国王は隣に立つリゼルを見る。


「リゼル」


「はい」


「其方には、引き続き聖女を支えてもらいたい」


 リゼルの瞳が、ほんの僅かに揺れる。


「オルテシアの侍女として、その務めを任せたい」


「……承知いたしました」


 返事は早かった。


 その声にも、表情にも、目立った変化はない。


 けれど。


 セラフには分かった。


(……)


 少しだけ。


 本当に、少しだけ。


 諦めたような色が見えた。


 リゼルはきっと、何も言わない。


 これまでも、そうしてきたのだろう。


 求められた役目を受け入れ。


 自分の気持ちを後ろへ置いて。


 誰かを支えることを選んできた。


 セラフは、リゼルを見つめた。


 そして、静かに口を開く。


「国王様」


 その一言で、室内の視線がセラフへ集まった。


 国王もまた、セラフを見る。


「なんだ?」


「失礼を承知で、一つだけ……お願いがございます」


 セラフが自分から何かを願うことは、ほとんどない。


 ましてや、自分のことなら。


 けれど、これは自分のためではなかった。


 セラフはリゼルを見た。


 そして、国王へ向き直る。


「リゼルさんのお気持ちを……」


 一度、言葉を選ぶ。


「最優先にお考え願いたいのです」


 静寂が落ちた。


 国王はセラフを見つめる。


 その言葉には、王を責める響きなどない。


 ただ、お願いだけがあった。


「……そなたは、リゼルを連れて帰りたいのか?」


 セラフは静かに首を横に振った。


「いいえ」


 迷いのない答え。


「わたくしは、リゼルさんに会いたかったのです」


「そして、お友達になれたことを嬉しく思っています」


「ですから……わたくしがどうしてほしい、ということではございません」


 セラフは穏やかに続ける。


「リゼルさんが、どうしたいのか」


「それを、一番にお考えいただきたいのです」


 国王は黙り込んだ。


 リゼルを軽んじたつもりなど、もちろんない。


 五年間の働きを知っていた。


 だからこそ、最も適した役目を与えたつもりだった。


 だが――。


 本人に尋ねたことは、あっただろうか。


 国王はゆっくりとリゼルへ視線を向けた。


「リゼル」


「……はい」


「そなたは、どうしたい?」


 リゼルは答えられなかった。


 口を開こうとして。


 閉じる。


 これまでなら、すぐに言えた。


 承知しました。


 かしこまりました。


 仰せのままに。


 けれど。


 自分はどうしたいのか。


 そう問われた途端、言葉が見つからなくなった。


「……」


 リゼルは俯く。


 その時だった。


 ふと、視線を感じた。


 顔を上げる。


 セラフが、こちらを見ていた。


 何も言わない。


 ただ、穏やかな目で。


 そして――。


 小さく、頷いた。


 リゼルには、それだけで分かった。


 言っていい。


 自分の気持ちを。


 誰かの期待に応えるためではなく。


 自分自身のために。


 リゼルの胸の奥で、固く閉じていたものが、ほんの少しだけほどけていく。


「……私は」


 声が震えた。


 けれど、今度は飲み込まなかった。


「私は……」


 リゼルはゆっくりと顔を上げる。


 その瞳に、初めて自分自身の意思が宿る。


 セラフは何も言わない。


 ただ、静かに見守っている。


 リゼルが、自分の言葉を見つけるまで。


「……私は――」

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