第78話 闇に消えた聖女たち
【サイラス視点】
しばしの沈黙が流れた。
互いの無事を確かめ合えた安堵からか、張り詰めていた空気が少しだけ和らぐ。
「あっ」
サイラスは何かを思い出したように顔を上げた。
「そういえば……キャプテンは?」
アレミニールは鉄格子へ軽く背を預け、小さく息を吐く。
「ああ、あいつか」
少しだけ笑みを浮かべた。
「恐らく、どこか別の檻だろう」
ミレニアが思わず身を乗り出す。
「えっ!? キャプテンも捕まってるの?」
「ああ」
あまりにもあっさりと答えるものだから、ミレニアは拍子抜けしたような表情を浮かべた。
「そんな平然と言うことじゃないでしょ!」
「リーダーもキャプテンも捕まるなんて、レジスタンスはどうなるのよ!」
アレミニールは苦笑を漏らす。
「心配はいらん」
「全部、予定通りだ」
その一言に、サイラスが眉をひそめた。
「予定通り……ですか?」
「ああ」
「一人だけ潜り込んでも、動ける範囲は限られる」
「監視も集中する」
「だから最初から、二人で潜入するつもりだった」
淡々と語るその姿に、迷いはない。
まるで何度も頭の中で組み立てた作戦を、改めて確認しているかのようだった。
「お前たちには黙っていて悪かった」
「知っていれば、止めただろう」
ミレニアは頬を膨らませる。
「当たり前よ!」
「止めるに決まってるじゃない!」
「二人ともいなくなった時、どれだけ心配したと思ってるの!」
その言葉に、アレミニールは少しだけ目を細めた。
「そういう反応をすると思っていた」
「だから黙っていた」
サイラスは腕を組みながら苦笑する。
「相変わらずですね」
「俺たちには相談もしない」
「相談したら、作戦にならん」
即答だった。
サイラスは肩をすくめる。
「それもそうか」
短く笑い合う。
緊張が少しだけ解けた。
「じゃあ、キャプテンは今頃……」
ミレニアが尋ねる。
「あいつはカムフラージュだ」
「俺が自由に動けるよう、わざと目立つ役を引き受けてもらった」
「今頃は、大人しく囚人を演じているだろう」
「見てないの?」
「ああ」
「この監獄は思っていた以上に広い」
「区画も複雑だ」
「無理に探せば、俺の方が怪しまれる」
アレミニールは静かに笑った。
「だが、心配はいらん」
「あいつなら、こういう状況には慣れている」
サイラスも思わず笑みを浮かべる。
「確かに」
「キャプテンなら、今頃見張りと仲良くなって酒でも飲んでそうですね」
ミレニアも吹き出した。
「あり得る!」
「それで情報まで聞き出してそう!」
珍しくアレミニールも声を漏らして笑う。
「あいつは昔から、気付いたら人の懐へ入り込んでる。そんな奴だ」
三人の間に、束の間の穏やかな時間が流れる。
しかし、その笑みは長くは続かなかった。
アレミニールは表情を引き締める。
鋭い眼差しが、サイラスとミレニアを真っ直ぐ見据えた。
「さて」
その一言だけで、空気が変わる。
「ここからが本題だ」
二人も自然と背筋を伸ばした。
「俺たちレジスタンスが、本当に追っていたもの」
静まり返った監獄に、アレミニールの低い声だけが響く。
「それは、この国から姿を消した聖女たちだ」
「えっ!? 何だって?」
サイラスとミレニアは顔を見合わせる。
「消えた……聖女?」
「ああ」
アレミニールはゆっくり頷いた。
「王都で名を馳せた聖女が、ある日を境に忽然と姿を消す」
「病に伏したという噂もある」
「引退したという話も耳にした」
「だが、その後の足取りだけは誰も知らない」
静かな声だった。
だからこそ、その言葉には妙な重みがあった。
「死亡記録もない」
「新たな任地へ移った記録もない」
「まるで最初から存在しなかったかのように、記録だけが途切れる」
ミレニアは思わず息を呑む。
「そんなこと……」
「あり得ないわ」
「だから調べ始めた」
アレミニールは続ける。
「最初は単なる失踪事件だと思っていた」
「だが、調べれば調べるほど、不自然な点ばかりが増えていった」
サイラスが低く尋ねる。
「それで、自ら捕まったんですね」
「ああ」
「監獄へ入れば、何か掴めると思った」
「だが……」
そこで一度、言葉を切る。
その一瞬の沈黙が、二人の緊張をさらに高めた。
「ここは監獄じゃない」
「……え?」
ミレニアが思わず聞き返す。
「正確には、監獄だけじゃない」
アレミニールは鉄格子の奥へ視線を向けた。
「夜になると、看守の数が減る時間がある」
「その隙を見て、何度かこの施設を歩いた」
「穴の開いた牢があった」
「使われていないように見えて、妙に新しい足跡が残っている通路もあった」
「そして、その先には地下へ続く搬入口のような場所がある」
サイラスの表情が険しくなる。
「地下……」
「まだ中までは入れていない」
「だから断言はできない」
「だが、この施設には監獄とは別の役割がある」
冷たい風が吹き抜ける。
誰も口を開かない。
アレミニールだけが静かに続けた。
「ここへ来て、俺は一つだけ確信した」
「この国が隠しているものは、王政への不満なんて生易しい話じゃない」
「もっと深い」
「もっと長い年月をかけて、誰にも知られぬよう積み重ねられてきた何かだ」
その言葉は、まるで自分自身に言い聞かせているようでもあった。
「悠長にしている場合ではなさそうだ」
「俺たちには、もう時間が残されていないのかも知れない」
その時。
監獄の奥から、扉が擦れる音が静かに響いた。




