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徳を積みすぎたモブ願望の元聖女。 朝の挨拶で魔王が安眠し、なぜかお隣さんになりました!  作者: 黒武者
第三章 デラクストーン国

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第76話 不在

 静まり返った旧区画の回廊を、三人は慎重に歩いていた。


 石畳を踏みしめる足音だけが、広い空間へ静かに響いていく。


 誰もいない。


 それなのに、不思議と誰かに見られているような感覚だけが消えなかった。


「セラフちゃん……大丈夫かしら」


 モルディナは落ち着かない様子で辺りを見回す。


「捕まってなんか、いないわよね……」


「心配しすぎよ」


 カトレアが穏やかに微笑む。


「セラフさんなら、きっと大丈夫」


 そう言いながらも、その声にはわずかな不安が混じっていた。


 その時だった。


 先頭を歩いていたヴォルガドが、不意に足を止める。


「……ここにはおらん」


 二人も立ち止まった。


「え?」


「どういうこと?」


 ヴォルガドは静かに目を閉じる。


 何かを探るように、その場でじっと佇む。


 やがてゆっくりと瞼を開いた。


「気配が消えた」


「消えたって……」


 モルディナの表情が曇る。


「まさか……」


「案ずるな」


 ヴォルガドは静かに首を振る。


「命を落としたわけではない」


「この建物から移されたようだ」


「余にはそう感じられる」


 二人は顔を見合わせた。


「じゃあ……連れて行かれたの?」


「恐らくな」


 ヴォルガドは再び歩き出す。


「それよりも妙だ」


「この建物だ」


 モルディナも辺りを見回す。


「確かに……」


「監禁する場所にしては立派すぎるわね」


 高い天井。


 色褪せたステンドグラス。


 柱には精巧な彫刻が施され、壁には美しい装飾が残されている。


 廃墟となった今でも、その荘厳さは失われていなかった。


「監獄とは思えない……」


 カトレアは壁へそっと手を添えた。


 その瞬間、小さく息を呑む。


「……あっ」


「どうしたの?」


「感じるわ」


 静かに目を閉じる。


「とても優しい聖力……」


「たくさんの人が祈りを捧げた場所」


 その声は、どこか懐かしさを帯びていた。


「ここには……多くの聖女が暮らしていた」


 モルディナが目を丸くする。


「分かるの?」


「ええ。微かだけれど……」


「祈りの跡が、まだ残っている」


 三人は無言で歩みを進めた。


 やがて壁一面に描かれた大きな壁画が姿を現す。


 花畑で子どもたちと微笑み合う聖女。


 パンを囲み、笑い合う人々。


 祈りを捧げる修道女たち。


 そこには穏やかな日常が描かれていた。


 だが。


「……」


 カトレアの足が止まる。


 モルディナも壁画へ目を向け、思わず息を呑んだ。


 聖女の顔だけが、鋭い刃物で削り落とされていた。


 まるで最初から存在しなかったかのように。


「ひどい……」


 三人はさらに奥へ進む。


 次の壁画。


 今度は人物そのものが削り取られている。


 残されていたのは、その人物へ手を伸ばす幼い子どもの姿だけだった。


「どうして……」


 カトレアの声が震える。


「この子だけ残されてる……」


 ヴォルガドは静かに壁へ近づき、削られた跡へ指先を触れる。


「余には芸術は分からぬ」


 低く静かな声。


「だが」


「これは風化ではない」


 削られた石肌をなぞる。


「人の手によるものだ」


 モルディナは黙って壁画を見つめる。


「誰かが……」


「壊したのね」


 誰も答えない。


 回廊には重い沈黙だけが流れていた。


 その時。


 窓から陽の光が差し込み、三人を照らす。


 ヴォルガドはゆっくりと外へ視線を向けた。


 遠くには白亜の城。


 陽光を浴び、静かにそびえ立っている。


 三人は同じ方向を見つめた。


 白き城は、何事もなかったかのように静かに彼らを見下ろしていた。


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