第75話 同じ道、違う景色
白亜の城へと続く石畳を、一行は静かに歩いていた。
先頭には司祭。
その隣には、新たな愛の聖女オルテシア。
少し後ろを、リゼルとセラフィナイトが並んで歩く。
護衛たちが周囲を固め、誰一人として言葉を発しない。
静寂の中、街を行き交う人々が自然と足を止めていた。
誰もがまず、新たな聖女オルテシアへ視線を向ける。
「オルテシア様よ!」
「なんてお美しいの……」
「憧れちゃうわ」
口々に称賛の声が上がる。
それも当然だった。
今日より国を護る”愛の聖女”。
国民にとって、希望の象徴なのだから。
だが、その視線は不思議と少し後ろを歩く少女へ移っていく。
飾り気のない服装。
名も知らぬ少女。
それなのに、気づけば誰もがその姿を目で追っていた。
(……どうして)
オルテシアは、その空気の変化を敏感に感じ取っていた。
視線は最初に私へ向く。
けれど、最後には必ずあの方へ流れていく。
誰も口にはしない。
それでも分かってしまう。
私は幼い頃から聖女として育てられてきた。
礼儀も。
祈りも。
所作も。
すべては今日という日のために。
それなのに。
(どうして……)
歩いているだけ。
笑っているだけ。
ただ穏やかに微笑んでいるだけで、周囲の空気が変わってしまう。
正直、悔しかった。
けれど、不思議と憎めない。
むしろ、その理由を知りたかった。
(……セラフィナイト様)
リゼルもまた、静かに隣を歩いていた。
あの日と同じように、隣を歩ける。
それだけで嬉しかった。
失って初めて気づいた。
この方の隣こそ、自分にとって一番心安らげる場所だったのだと。
胸の奥が、そっと温かくなる。
司祭は二人を横目で見つめ、小さく息を吐いた。
(やはり、この娘は……)
誰にも教えられていない。
誰にも媚びない。
誰も否定しない。
それでいて、人の心だけを静かに動かしてしまう。
理解できない。
だが、目を離せない。
そんな存在だった。
その時だった。
「まぁ……」
静かな感嘆の声が響く。
セラフが白亜の城を見上げていた。
「とても美しいお城ですわ」
陽の光を浴びた白い城壁が、眩しいほどに輝いている。
「あの黒い施設とは、まるで正反対でございますね」
悪意など微塵もない。
ただ、感じたままを口にしただけだった。
兵士たちが思わず顔を見合わせる。
(誰だ……?)
見知らぬ少女。
それなのに、なぜか目を引かれる。
城門へ辿り着くと、門番たちが一斉に姿勢を正した。
「司祭様」
「オルテシア様」
深々と頭を下げる。
そして自然と、リゼル、さらにセラフへと視線が向く。
見慣れぬ二人。
とりわけセラフを見る目には、隠しきれない疑問が浮かんでいた。
司祭はその様子を見て、静かに口を開く。
「……そなたは、不思議なお方だ」
セラフは小首を傾げた。
「そうでしょうか?」
「はい」
「わたくしは、ただのモブでございますの」
ふわりと微笑む。
その笑顔につられるように、一人の若い兵士の口元が自然と緩んだ。
司祭は、その変化を見逃さない。
(やはり……)
(この娘は、人の空気を変える)
セラフは再び城を見上げた。
「それより」
「わたくしとリゼルさんは、どちらへ向かっておりますの?」
「先ほどの話の続きだ」
司祭は歩みを止めることなく答える。
「まずは国王陛下にお目通りいただく」
「その後、正式な調印を執り行う」
「調印……でございますか?」
司祭は静かに頷く。
「新たな愛の聖女、オルテシア」
「そして、リゼル」
「本日より其方を、オルテシアの侍女として正式に任命する」
その瞬間、セラフの足が止まった。
「それは……困ってしまいますわ」
静かな一言だった。
司祭も護衛たちも振り返る。
セラフは、まっすぐリゼルを見つめる。
「リゼルさん」
「それは、本当にリゼルさんのお望みなのでしょうか」
リゼルは言葉を失った。
答えられない。
答えてはいけない。
そんな空気が、その場を包んでいた。
代わりに司祭が静かに口を開く。
「望む、望まぬではない」
「それを決めるのは国王陛下だ」
「私には、そのような権限はない」
一拍置き、少しだけ寂しげに微笑む。
「……私もまた、この国の一つの役割りに過ぎぬ」
その言葉に、誰も返事はしなかった。
やがて重厚な白い門が、ゆっくりと開いていく。
その先には、王が待つ応接の間。
一行は静かに、その中へ歩みを進めた。
いつも、ありがとうございます。
少し更新が滞り気味ですみません。




