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徳を積みすぎたモブ願望の元聖女。 朝の挨拶で魔王が安眠し、なぜかお隣さんになりました!  作者: 黒武者
第三章 デラクストーン国

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第74話 お隣さん

 司祭の後ろを歩きながら、リゼルはそっと隣へ視線を向けた。


 何事もなかったかのように穏やかな笑みを浮かべるセラフィナイト。


 夢ではない。


 本当に、セラフィナイト様が隣にいらっしゃる。


(……少しだけ、お姿は違います)


 あの頃は、陽の光を映したようなブロンドの髪。


 柔らかな波を描く髪が肩口で揺れ、深いエメラルドグリーンの瞳は、誰よりも優しく世界を見つめていた。


 凛とした大人の雰囲気を纏っているのに、笑顔になるとどこか年相応の幼さが顔を覗かせる。


 そんな、不思議な方だった。


 だから洞窟で初めて今のお姿を拝見した時は、一瞬だけ錯覚した。


(……姉妹、なのでしょうか)


 面影はある。


 けれど、どこか違う。


 それでも。


 ほんの数言、言葉を交わしただけで、その迷いは消えた。


 誰かを思いやる眼差し。


 誰かの幸せを願う声。


 そして、あの優しい笑顔。


 姿形が変わっていても、この方の心だけは何一つ変わっていなかった。


(……セラフィナイト様)


 胸の奥から、懐かしさが込み上げてくる。


 あの日と何も変わらない。


 誰かのために祈り。


 誰かの幸せを願い。


 誰かが笑えば、自分のことのように喜ぶ人。


 記憶を失われても、その優しさだけは何一つ変わっていなかった。


 だからこそ。


 危険だと知っていても、こうして私を迎えに来てしまう。


 それが、この方なのだ。


 セラフィナイト様が姿を消されたあの日。


 悲しみに暮れる時間など、一瞬たりともなかった。


 すぐに国中へ捜索命令が下り、私はその任務に就くことになった。


 寂しい。


 そんな感情より先に押し寄せたのは、焦りだった。


 早く見つけなければ。


 どこかで倒れているのではないか。


 お一人で困っているのではないか。


 その不安だけが私を突き動かし、気が付けば幾度も季節が巡っていた。


 だからこそ、今になって思う。


 あの日々は、どれほど穏やかで、どれほど幸せだったのだろうと。


 侍女とは、本来、聖女を支える者。


 一歩後ろに控え、必要な時だけ言葉を交わす。


 それが当然の礼儀であり、あるべき姿だった。


 公の場では、なおさらだ。


 対等に話しかけるなど、本来あってはならない。


 私自身も、そう教えられてきた。


 だから初めてセラフィナイト様が、


『リゼルさん』


 と名前を呼び、隣へ来るよう手招きされた時は、本当に困ってしまった。


『セラフィナイト様、それでは周りの方が……』


 そう申し上げると、この方は少しだけ首を傾げ、不思議そうなお顔をなさった。


『それでは、お隣さんではありませんわ』


 あまりにも自然に。


 当たり前のことを話すように。


『一緒に歩きましょう? それが一番ですわ』


 その笑顔に、私は何も返せなかった。


 最初は戸惑いばかりだった。


 周囲の視線も気になった。


 侍女として失格ではないのか。


 ご迷惑をお掛けしてしまうのではないか。


 何度もそう考えた。


 それでも。


 気付けば、その穏やかな空気が私の日常になっていた。


 一緒に朝のお祈りをして。


 一緒に焼きたてのパンをいただいて。


 他愛もないお話をしては笑い合う。


 聖女と侍女。


 そんな立場さえ忘れてしまうほど、温かな時間だった。


(……失って初めて分かりました)


 あの日々は、私にとってかけがえのない宝物だったのだと。


 思い返すだけで、自然と涙が滲んでくる。


 けれど今は違う。


 その宝物は、もう目の前にある。


 記憶を失われても。


 それでも私を迎えに来てくださった。


 ならば。


 今度は私が、この方のお隣を守りたい。


 侍女としてではない。


 一人のリゼルとして。


 もう一度だけ。


 セラフィナイト様と共に歩んでいきたい。


 その願いだけは、誰にも譲れなかった。

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