第71話 愛を知らぬ聖女、あるいは自然に愛する者
「セラフィナイト。しかもモブですって?」
初めて、オルテシアが口を開いた。
先ほどから黙っていた彼女は、ずっとセラフィナイトを見ていた。
見た目は若い。
まだ幼さすら残っている。
だが。
立ち居振る舞い。
言葉遣い。
相手へ向ける視線。
そのすべてが洗練されていた。
少なくとも、ただの少女には見えない。
「どうしました? オルテシア殿」
司祭が静かに問いかける。
オルテシアは視線を逸らさなかった。
「貴女のその所作」
「その言葉遣い」
「とてもモブにできるものではありません」
すると。
セラフィナイトは、ぱっと表情を明るくした。
「まぁ!」
まるで自分が褒められたわけでもないのに、心から嬉しそうな顔をする。
「とても麗しく、お優しいお方ですわね」
オルテシアの眉がわずかに動いた。
「優しいですか?」
「そんなことは一度も申しておりませんが」
「いえ」
セラフィナイトは柔らかく微笑む。
「オルテシアさんの存在そのものが、すでにお優しいのです」
オルテシアは少しだけ困惑した。
「なぜ、そう思うのですか?」
純粋な疑問だった。
セラフィナイトは少し考える。
そして、穏やかに答えた。
「尊い愛を司る聖女なのでしょう?」
「でしたら、本物の愛を知らずして務まるはずがありませんもの」
部屋が静まり返る。
オルテシアは言葉を失った。
オリエッタも何も言わず、その様子を見つめている。
だが。
次に続いた言葉は、さらに予想外だった。
「もっとも」
セラフィナイトは困ったように笑う。
「愛というものは、わたくしにはよく分かりませんけれど」
「……分からない?」
思わずオルテシアが聞き返した。
「はい」
セラフィナイトは素直に頷く。
「とても難しいものですわ」
「では、なぜそのような事が言えるのです?」
オルテシアの問いに、セラフィナイトは本気で考え込む。
「そうですわね……」
一拍。
そして、きょとんとした顔で答えた。
「わたくし、好きなことをしているだけですので」
「好きなこと?」
「はい」
少し照れたように微笑む。
「自分の本心に従っている、と言いますか……」
「困っている方がおりましたら助けたいですし」
「会いたい方には会いたいですし」
「お話したい方とはお話したいですし」
そして。
隣にいるリゼルへ視線を向ける。
「リゼルさんにも、会いたかったですもの」
ぽろり、と。
リゼルの瞳から涙が零れ落ちた。
「セラフさん……」
セラフィナイトは不思議そうに首を傾げる。
「まぁ?」
なぜ泣いているのか、本気で分かっていない顔だった。
オルテシアは言葉を失う。
自分は幼い頃から愛について学んできた。
祈りも。
教義も。
人との向き合い方も。
そのすべてを学んできた。
だが。
目の前の少女は違う。
愛が分からないと言いながら。
誰よりも自然に、それを実践しているように見えた。
オリエッタは小さくため息を吐く。
(だから厄介なのよ)
本人は何も特別なことをしているつもりはない。
なのに。
気づけば周囲の人間の心を動かしている。
司祭が小さく咳払いをした。
「その辺りで良いだろう」
穏やかな声だった。
「今は、この場所で長話をするべきではない」
全員を見回す。
「場所を移す」
そして、セラフィナイトへ向き直った。
「貴女も来たまえ」
「わたくしもですの?」
「そうだ」
司祭は頷く。
「話を聞く価値がある」
オリエッタが肩をすくめた。
「そうなると思ったわ」
セラフィナイトはリゼルを見る。
リゼルもまた、不安そうな表情で見返していた。
だが。
セラフィナイトは、いつものようににこりと微笑む。
「大丈夫ですわ」
その一言だけで。
リゼルの表情は少しだけ和らいだ。
こうして一行は部屋を後にする。
向かう先は――
デラクストーン城。
その客人用の一室だった。




