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徳を積みすぎたモブ願望の元聖女。 朝の挨拶で魔王が安眠し、なぜかお隣さんになりました!  作者: 黒武者
第三章 デラクストーン国

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第69話 記憶の部屋

 静寂が落ちる。


 黒い石に囲まれた部屋。


 空気は重く、息苦しい。


 まるでこの空間そのものが、誰かの記憶を抱え込み、決して手放そうとしないかのようだった。


 壁にもたれたオリエッタが、静かに口を開く。


「ようこそ」


 感情の薄い声。


「ここは記憶の部屋」


 その言葉に、リゼルが小さく目を伏せる。


「だから来てはいけないと言ったでしょう」


 オリエッタは続けた。


「リゼルも、誰も」


 一拍置く。


「ここに来れば、何かを思い出してしまうかもしれない」


 視線が真っ直ぐセラフィナイトへ向く。


「もっとも――」


 わずかに首を傾げた。


「貴女は違うみたいだけど」


 セラフィナイトは黙っていた。


 胸が苦しい。


 理由はわからない。


 この場所を知らないはずなのに。


 初めて来たはずなのに。


 どこか懐かしく。


 どこか悲しい。


 そんな感覚だけが胸の奥を締め付ける。


 気づけば、一筋の涙が頬を伝っていた。


 オリエッタが静かに問う。


「何か記憶が溢れてない?」


 一拍。


「その涙が証拠じゃないかしら」


 セラフィナイトは涙を拭う。


 そして小さく首を振った。


「……いいえ」


 静かな声。


「思い出せませんわ」


 オリエッタが眉をひそめる。


「本当に?」


「はい」


 迷いのない返答だった。


 しばらく見つめた後、オリエッタは小さく息を吐く。


「昔ね」


 淡々と語り始めた。


「セラフィナイトという聖女がいたのよ」


 一拍。


「リゼルは、その人に仕えていた」


 セラフィナイトが首を傾げる。


「それが、わたくしのことだと?」


「ええ」


 オリエッタは即座に頷いた。


「そう考えるのが自然ね」


 そして続ける。


「でも、不思議だと思わない?」


 セラフィナイトは黙って耳を傾ける。


「貴女はリゼルを追ってここまで来た」


「誰も場所を知らなかった」


「誰も辿り着けなかった」


「なのに貴女だけが、迷わずここまで来た」


 一歩だけ近づく。


「それを、どう説明するのかしら?」


 静寂。


 責めているわけではない。


 ただ純粋な疑問。


 観察者としての問いだった。


 しかしセラフィナイトは少しだけ考えると、いつものように微笑んだ。


「分かりませんわ」


 あまりにも素直な答え。


「でも」


 リゼルを見る。


「会いたかったからではないでしょうか」


 オリエッタが眉を寄せる。


「それだけで?」


「はい」


 即答だった。


「大切なお隣さんですもの」


 数秒の沈黙。


 やがてオリエッタは諦めたように肩をすくめた。


「……本当に不思議な子ね」


 それ以上追及はしなかった。


「まぁいいわ」


 壁から身体を離す。


「私の任務はリゼルの確保」


「ここまで連れてくることだった」


 視線がセラフィナイトへ向く。


「貴女は言うなれば、ただの付録よ」


 淡々と告げる。


「このあとどうするかは貴女の勝手」


 だが。


 返ってきた言葉は予想外だった。


「オリエッタさん、ありがとうございます!」


 満面の笑顔。


 オリエッタの眉がぴくりと動く。


「……礼を言われる筋合いはない」


「そうでしょうか?」


 セラフィナイトは首を傾げる。


「だって、リゼルさんを守ってくださっていたのでしょう?」


「守る?」


 オリエッタは鼻で笑う。


 黒い壁を軽く叩いた。


「これは監禁よ」


「外からも手出しできない」


「逃げ出すこともできない」


「守っているように見える?」


 セラフィナイトは少しだけ考えた。


 そして、にこりと笑う。


「ですが」


 一拍。


「こうして辿り着けましたから!」


 即答だった。


 オリエッタは言葉を失う。


 理屈になっていない。


 だが本人は本気だ。


「……本当に不思議な子ね」


 呆れたように呟く。


 その隣で、リゼルが目を潤ませていた。


「セラフさん……」


 震える声。


「私、ずっとお祈りしていました」


 セラフィナイトが振り向く。


「ここへ来てからも」


「毎日」


「ずっと」


 胸の前で手を組む。


「セラフさんみたいに」


 その言葉に、セラフィナイトの顔がぱっと明るくなった。


「はい!」


 自分のことのように嬉しそうに頷く。


「届きましたわ!」


 リゼルが目を見開く。


「リゼルさんの想いが」


「こうしてここまで辿り着く力になりましたの」


 ぽろりと涙がこぼれる。


 止まらない。


 言葉にならない。


 けれど胸の奥は温かかった。


 セラフィナイトはそっと手を差し出す。


「帰りましょう」


 優しい声。


「みんな待っていますわ」


 リゼルは何度も頷いた。


「はい……!」


 その手を取ろうとした――


 その瞬間だった。


 ガコン。


 重い音が響く。


 通路の奥。


 鉄扉が開く音。


 複数の足音。


 規則正しく、迷いなく。


 こちらへ近づいてくる。


 オリエッタの表情が初めて変わった。


「……来たわね」


 セラフィナイトが振り返る。


 黒い通路の向こう。


 揺れる灯り。


 増えていく人影。


 リゼルの顔から血の気が引いた。


「そんな……」


 オリエッタは静かに目を細める。


「予想より早かったわね」

少し更新が遅れてすみません。長い目でお付き合いのほどよろしくお願いします。

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