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徳を積みすぎたモブ願望の元聖女。 朝の挨拶で魔王が安眠し、なぜかお隣さんになりました!  作者: 黒武者
第三章 デラクストーン国

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第67話 待つ者たち、動く者たち

 リゼルの部屋の前。


 先ほどまで確かに存在していた小窓は消え、今は黒い壁だけが残されていた。


 沈黙が落ちる。


 中の様子はわからない。

 声も聞こえない。


 まるで、最初から何もなかったかのようだった。


「……ここにいても、何もできないわね」


 モルディナが低く呟く。


 カトレアも腕を組んだ。


「中の様子も見えないし」


 一拍置き、小さく息を吐く。


「かといって、外に出るのも危険すぎるわよ」


「ええ」


 モルディナは頷き、黒い壁へ手を当てた。


 だが、反応はない。


 冷たく沈黙する石の感触だけが返ってくる。


「……セラフちゃん」


 思わず漏れた声だった。


「大丈夫かしら……」


 珍しく、不安を隠しきれていない。


 カトレアも表情を曇らせる。


「相手はオリエッタよ」


「何をするかわからない」


「リゼルもいるはずだけど……」


 そこから先の言葉は続かなかった。


 考えたくない可能性が、頭をよぎる。


 そんな二人とは対照的に、ヴォルガドだけは静かだった。


「案ずるな」


 二人が振り返る。


「余が知る限り」


 一拍。


「セラフはそう簡単には折れん」


 短い言葉。


 だが、不思議と説得力があった。


 モルディナは苦笑する。


「それはそうなんだけどね」


「心配なものは心配なのよ」


「親ってそういうものだもの」


「誰が親よ」


 カトレアが即座に突っ込むが、少しだけ弱い。


「保護者よ」


「変わらないじゃない」


 少しだけ空気が和らぐ。


 だが、現実は変わらない。


 モルディナは周囲へ視線を巡らせた。


「とにかく、見つかりそうになったら――」


 一瞬考える。


「ワープを使うしかないわね」


 カトレアが顔をしかめる。


「……そんな適当に入って大丈夫なの?」


 短い沈黙。


 ヴォルガドが淡々と答えた。


「余は問題ない」


「は?」


 カトレアが即座に反応する。


「透明化が可能だ」


「……へ?」


 モルディナが振り返る。


「聞いてないわよ、それ」


 ヴォルガドは気にした様子もない。


「余は魔王なり」


 静かに言い切る。


「己に対して不可能なことは――」


 一拍。


「死ぬことのみ」


 沈黙。


 カトレアが深々とため息をついた。


「……なんてデタラメな存在なの」


 モルディナも呆れたように肩をすくめる。


「まぁいいわ」


 すぐに切り替えた。


「少なくとも、あんたは自由に動けるってことね」


 ヴォルガドは静かに頷く。


「なら情報を拾ってきなさい」


「余に命じるか」


「お願いしてるのよ」


 一瞬だけ間が空く。


「……いいだろう」


 そこでカトレアが口を挟んだ。


「ちょっと待って」


「さっきの転送、使えばいいんじゃないの?」


 モルディナの動きが止まる。


 だが、答えたのはヴォルガドだった。


「やめておけ」


 壁へ手を当てる。


「ここは結界が強すぎる」


「いわば、無数の電波が交差する迷宮だ」


「……電波?」


 カトレアが眉をひそめる。


「座標が安定せん」


 一拍。


「この状態で転送すれば――」


 わずかに視線を落とした。


「どうなるかは想像できるだろう」


 モルディナが静かに言う。


「同期失敗……壁の中」


 カトレアが続ける。


「地面の中」


 短い沈黙。


「……その時点で終わりね」


 誰も否定しなかった。


 モルディナは小さく息を吐く。


「じゃあ、その最悪はやめておきましょう」


 一歩前へ出る。


「地道に行くしかないわね」


 その頃には、ヴォルガドの姿はすでに薄れ始めていた。


「余は動く」


 輪郭がゆっくりと消えていく。


 完全に見えなくなる直前。


「……セラフを頼む」


 珍しく。


 本当に珍しく。


 それだけを残した。


 そして――消えた。


 残された二人。


 カトレアが小さく呟く。


「……信じるしかないってことね」


 モルディナは黒い壁を見つめたまま頷く。


「ええ」


 一瞬だけ目を細める。


「でも――」


 その声には迷いがなかった。


「何もしないつもりはないわよ」


 黒い壁の向こう。


 そこにいるはずの少女へ向けるように。


 モルディナは静かに拳を握る。


「必ず連れて帰るわ」


 その言葉には、揺るぎない決意が込められていた。

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