第64話 番号
沈黙。
音のない空間。
誰もいない。
だからこそ、騒げない。
静寂そのものが、この場所の一部になっているようだった。
その沈黙の中で。
モルディナが、ふと思い出したように口を開く。
「……そういえば」
全員の視線が向く。
「さっきの部屋なんだけど」
ゆっくりと言葉を選ぶ。
「小窓の下に、数字が刻まれていたのよ」
カトレアが眉をひそめた。
「数字?」
「ええ」
モルディナは頷く。
「“0”って書いてあったわ」
一瞬。
誰も言葉を発さなかった。
その時だった。
「……待ってください」
リゼルの声。
弱々しい。
だが、はっきりとした声だった。
全員の視線が向く。
リゼルは正面の扉へ目を向けている。
小窓の下。
その部分を指先でなぞるように見つめながら。
「ここにも……あります」
小さく息を吸う。
「“12”です……」
空気がわずかに揺れた。
カトレアが呟く。
「……違う番号」
モルディナは腕を組む。
「そうね」
考える。
数字。
部屋。
転移。
そして接続。
「この違い、何を意味しているのかしら」
一拍。
「固定なのか。それとも状況によって変化するのか」
答えは出ない。
まだ情報が足りない。
その時。
ヴォルガドが低く口を開いた。
「……同期ではないか」
全員の視線が集まる。
ヴォルガドは壁にもたれたまま続ける。
「ワープとは、一種の周波数のようなものだ」
静かに。
だが確信を持って。
「同じ値でなければ、同じ場所には辿り着けん」
一拍。
「そう考えるのが自然だろう」
空気が変わった。
カトレアが息を呑む。
「じゃあ……」
「同じ番号じゃないと辿り着けない?」
モルディナがゆっくり頷く。
「可能性は高いわね」
だが。
肝心の方法がわからない。
番号を変える方法。
合わせる方法。
そもそも数字の意味すら不明だ。
沈黙が落ちる。
じわじわと焦りだけが積み上がっていく。
その中で。
「……っ」
小さな息遣い。
セラフィナイトがすぐに反応した。
「リゼルさん」
優しく呼ぶ。
リゼルは微笑もうとした。
だが、うまく笑えない。
「……大丈夫、です……」
明らかな強がりだった。
黒い石の壁。
この空間そのものが、少しずつ彼女の力を奪っている。
立っているだけでも負担なのだろう。
モルディナの表情が引き締まる。
「……長くは持たないわね」
カトレアが舌打ちを飲み込むように呟いた。
「だから急いでるっての……」
焦りを押し殺した声。
その時だった。
セラフィナイトが静かに前へ出る。
扉の前。
その向こうにいるリゼルを見つめる。
すぐ目の前にいるのに。
届かない。
触れられない。
その現実を受け止めるように。
静かに目を閉じた。
そして。
「……一度、離れますわ」
誰も止めなかった。
いや。
止める理由がなかった。
セラフィナイトは振り返らない。
そのまま一歩。
後ろへ下がる。
さらにもう一歩。
モルディナが息を呑んだ。
「……それ」
何かに気付きかける。
だが、その瞬間。
「――早く行ってあげて!」
カトレアが叫んだ。
声を張り上げたわけではない。
それでも強く。
確かな想いを込めて。
モルディナとセラフィナイトの背を押す。
次の瞬間。
二人の背中が扉に触れた。
――消える。
音もなく。
まるで最初から存在しなかったかのように。
残された空間。
その光景を。
リゼルの背後から。
オリエッタが静かに見つめていた。
何も言わない。
ただ。
ほんのわずかに。
口元だけが緩む。
まるで。
何かを理解したかのように。




