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徳を積みすぎたモブ願望の元聖女。 朝の挨拶で魔王が安眠し、なぜかお隣さんになりました!  作者: 黒武者
第三章 デラクストーン国

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第63話 見えない選別

「……誰かいる?」


 振り返る。


 だが、誰もいない。


「おかしいわね。確かに気配はあったのに……まぁいいわ。ここに長居しても仕方ないし」


 モルディナは小さく息を吐き、扉へと歩み寄る。


 小窓の下。


 かすかに刻まれた文字。


(No.0)


「ゼロ……? 部屋番号かしら」


 一瞬だけ目を細める。


「……今はそれどころじゃないわね」


 一歩、踏み出す。


 ――次の瞬間。


 何の違和感もなく。


 モルディナは、元の場所へと戻っていた。


「モルディナさん! 心配しましたわ」


 セラフィナイトが安堵したように声を上げる。


「あそこ、壁画があったわ」


 モルディナは平然と答えた。


「あの部屋、何かしら“記憶”に関係してるかもしれない」


「まぁ、それは興味深いですわね」


 セラフィナイトが穏やかに返す。


「モルディナ! どこにいた?」


 カトレアが詰め寄る。


「さっきの部屋……だと思うわ」


 モルディナは首を傾げた。


「でも、本当に“そこから出てきた”のかは自信ないのよね」


 自分でも違和感が拭えない。


「ただ、扉に触れただけ。ヴォルガドと同じ」


 ヴォルガドが低く言う。


「では、なぜ入れた。余は“出た”」


「知らないわよ」


 即答だった。


「もう一度やってみたら?」


 一瞬の沈黙。


 そして――


「では、今度は私が行く」


 カトレアが前に出る。


 リゼルの部屋の扉の前。


 そのまま、一歩。


 踏み込む。


 ――消える。


「カツ、カツ……」


 すぐに。


 別の場所から、靴音が聞こえる。


 同じ距離感。


 同じリズム。


「……やっぱりね」


 モルディナが呟く。


「ヴォルガドと同じ」


 カトレアが戻ってくる。


 苛立ちを隠さない。


「どういうことよ、これ!」


「なんで私は“入れない”のよ!」


 そのとき。


 セラフィナイトが、ふと視線を落とした。


「まぁ……モルディナさん」


「スカートが少し裂けておりますわ」


「え?」


 モルディナが確認する。


「あ、本当ね……さっき尻餅ついたときかしら」


 指先に魔力を集め、裂け目をなぞる。


 布が静かに戻っていく。


 その様子を見て――


 セラフィナイトの表情が、ふわりと緩んだ。


 そして。


「……そうですわ!」


 静かに言う。


「先ほどモルディナさん、“背中から”扉に触れておりました」


 空気が変わる。


「……何?」


 カトレアが振り返る。


 ヴォルガドの目が細くなる。


「なるほど……盲点だな」


「確かに」


 モルディナが思い出す。


「後ろに倒れて、そのまま触れたわね」


 カトレアが腕を組む。


「じゃあ――それを再現すればいいってこと?」


 向き直る。


 扉に背を向ける。


 ゆっくりと。


 意識して。


 後ろへ下がる。


 背中が触れる。


 ――消える。


 数秒後。


 カトレアは、再び別の場所から現れた。


「……は?」


 呆然とした声。


「なんでよ……!」


 拳を握る。


「背中から入ったわよね!?」


 モルディナも眉をひそめる。


「おかしいわね……条件は合ってるはずなのに」


 ヴォルガドが静かに言う。


「……いや、合っていない」


「何がよ?」


 カトレアが睨む。


 ヴォルガドは答えない。


 ただ、一言。


「先ほどのは、“そうなった”だけだ」


 その意味。


 まだ、誰も完全には理解していない。


 だが確実に――


 “何かが違う”。


 空気だけが、それを示していた。

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