第62話 ずれた接続
「……ねぇ、ヴォルガド」
モルディナが静かに問いかける。
「さっき入った先に、何があった?」
短い問い。
だが核心だった。
ヴォルガドは少し考える。
「いや……」
一拍。
「“出てきた”からな」
その一言で。
モルディナの目が変わった。
「……そういうことね」
彼女は一歩前へ出る。
そのまま廊下を歩き出し、先ほどヴォルガドが現れた扉の前へ立った。
「ちょっと、モルディナ?」
カトレアが呼び止める。
だが、止まらない。
「確かめるわ」
そして――踏み込んだ。
次の瞬間。
「え……?」
セラフィナイトの目の前に。
モルディナが現れた。
「きゃっ」
「まぁ!」
勢いそのままに抱きつく形になる。
「ああ……幸せのハグだわ……セラフちゃんのフェロモン……」
「モルディナさんも良い香りがしますわ」
状況より先に感情が出る二人。
「ちょっと、何抱き合ってるのよ!」
カトレアが呆れた声を上げる。
だが、その視線は鋭かった。
「……やっぱり」
周囲を見回す。
「この部屋と、さっきの部屋……繋がってるわね」
ヴォルガドが頷く。
「一貫性はある」
「こちらから入れば向こうから出る」
「向こうから入ればこちらから出る」
単純な構造。
だが――
それだけではない。
「あなたたち、良いところに気づいたわね」
声が響く。
リゼルの背後。
オリエッタが立っていた。
まるで最初からそこにいたかのように。
カトレアが睨む。
「……あんたがやったの?」
オリエッタは肩をすくめる。
「私ではないわ」
一拍。
「でも、“私でもある”」
「何よそれ」
意味不明だった。
だが今はどうでもいい。
モルディナは考え込むように視線を落とした。
「……待って」
空気が変わる。
「“出てきた”って言ったわよね?」
ヴォルガドを見る。
「ああ、いかにも」
「じゃあ……」
ゆっくり振り返る。
「あなた、“入れてない”んじゃない?」
沈黙。
カトレアの顔が固まる。
「……え?」
セラフィナイトの瞳がわずかに開く。
「まぁ……!」
点と点が繋がる。
その瞬間だった。
セラフィナイトが、そっと一歩後ろへ下がる。
モルディナから離れる。
ほんのわずかな動き。
だが――
「あ」
モルディナの重心が崩れた。
背中が扉へ触れる。
そして。
消えた。
「っ!?」
カトレアが目を見開く。
「消えたわ!」
ヴォルガドは動かない。
ただ静かに見ている。
「……出てきていないな」
セラフィナイトは少し困ったように首を傾げた。
「まぁ……どちらへ行かれたのでしょう」
その言葉の直後。
ヴォルガドが低く呟く。
「……なるほどな」
カトレアが振り向く。
「何が“なるほど”なのよ!」
答えは返らない。
ただ、その視線だけが空間をなぞっていた。
⸻
――ドスン。
「きゃっ……!」
鈍い音。
石の床。
モルディナは尻餅をついていた。
「……ここは?」
ゆっくりと顔を上げる。
暗い。
灯りは扉の小窓から差し込む僅かな光だけ。
静かすぎる。
自分の呼吸だけがやけに大きく響いていた。
「……別の部屋ね」
立ち上がる。
お尻をさすりながら。
「いたた……もう、雑な構造だこと」
軽口を叩く。
だが目は笑っていない。
慎重に周囲を見回す。
その時だった。
「……何これ」
壁に違和感があった。
近づく。
壁一面に刻まれている。
絵。
いや――
記録だ。
人。
部屋。
線。
繋がり。
何かを示している。
「……これ」
指先でなぞる。
「ただの飾りじゃないわね」
思考が回り始める。
「“経路”……?」
複数の部屋。
矢印。
分岐。
接続。
だが。
「……全部は描かれてない」
一部だけ。
断片だけ。
答えではない。
ヒントだ。
「なるほどね……」
小さく笑う。
「全部教える気はないってこと」
その時。
背後の扉が――
ギィ……
わずかに軋んだ。
モルディナの動きが止まる。
ゆっくり振り返る。
「……誰?」
返事はない。
だが。
確かに感じる。
この部屋には。
自分以外の誰かがいる。
扉の向こうではない。
――こちら側に。




