第59話 再会
地下は、さらに静かだった。
気配が薄い。
いや――削がれている。
「……この先ですわ」
セラフィナイトが足を止める。
迷いはない。
だが、確信とも違う。
まるで、“引かれている”ような感覚だった。
ヴォルガドが前に出る。
「下がれ」
低く告げ、扉へ手をかける。
ゆっくりと押し開く。
――開いた。
だが、その瞬間。
「……待って」
モルディナが鋭く声を落とした。
全員の動きが止まる。
視線が、一斉に扉の先へ向いた。
「……おかしい」
カトレアが眉をひそめる。
「開いた、わよね?」
「ああ」
ヴォルガドが短く答える。
「だが――入れん」
理由は、すぐに分かった。
床。
境界。
空気の“質”そのものが変わっている。
目には見えない。
だが確実に、そこに“壁”があった。
モルディナが、そっと指先を前へ伸ばす。
触れた瞬間――弾かれた。
音もなく。
ただ、静かに押し返される。
「……結界ね」
モルディナが低く呟く。
「でも、こんな張り方……見たことない」
カトレアも試す。
同じように、弾かれた。
「何これ……」
苛立ちが混じる。
「扉は開いてるのに、中へ入れないって、どういうことよ」
ヴォルガドが目を細める。
数秒、空間を観察し――
「……空間を“ずらしている”な」
静かに言った。
「ここに見えているが、ここには存在していない」
「なるほどね……」
モルディナが頷く。
「触れられない距離に固定してるわけだ」
カトレアが舌打ちする。
「最悪じゃない」
「会わせる気はある。でも、触れさせる気はないってこと?」
「ええ」
モルディナの声が冷える。
「しかも――助けに来ることを前提に作られてる」
空気が、わずかに張り詰めた。
完全な罠。
その時だった。
部屋の奥。
ひとつの影が、ゆっくりと動く。
「……っ」
カトレアが息を呑む。
リゼルだった。
ゆっくりと顔を上げる。
そして――視線が合う。
セラフィナイトが、一歩前へ出た。
結界の手前まで。
それ以上は進めない。
「……リゼルさん」
やさしい声だった。
いつもと変わらない。
その声を聞いた瞬間、リゼルの瞳が大きく揺れる。
「……セラフ、さん……?」
信じられない。
だが同時に、理解してしまう。
来てしまったのだと。
セラフィナイトは、そっと手を伸ばす。
だが、届かない。
ほんのわずかな距離。
それなのに、絶対に触れられない。
「おはようございます」
セラフィナイトは、深々と頭を下げた。
その言葉に。
リゼルの表情が、崩れる。
「……なんで……」
涙が落ちた。
「どうして……来てしまったんですか……」
責めているわけではない。
むしろ逆だ。
来てほしくなかった。
来てしまったことが、怖かった。
セラフィナイトは、ただ静かに微笑む。
「お迎えに来ました」
あまりにも自然に。
当然のことのように。
リゼルは、苦しそうに首を振った。
「だめです……!」
声が震える。
「ここは……普通じゃありません……!」
視線が、結界へ落ちる。
「これも……最初から……」
言葉が途切れる。
理解しているのだ。
この場所の意味を。
モルディナが低く呟く。
「……完全に“箱”ね」
「捕らえるための」
ヴォルガドが一歩前へ出る。
結界を睨む。
「破れるか?」
モルディナは首を横に振った。
「力任せは危険ね」
「反応して、何が起きるか分からない」
カトレアが歯を食いしばる。
「じゃあ、どうすんのよ……!」
誰も、すぐには答えられない。
そんな中。
セラフィナイトだけは動かなかった。
ただ、まっすぐにリゼルを見つめている。
「一緒に……帰りましょう」
静かな声。
距離など関係ないとでも言うように。
リゼルの瞳が、大きく揺れる。
「……無理です……」
「ここは……」
言いかけて、止まる。
言えない。
言ってはいけない。
けれど、想いだけは滲む。
来てはいけない。
ここにいてはいけない。
その時。
セラフィナイトが、そっと目を閉じた。
小さく息を吸う。
そして――祈る。
声もない。
音もない。
だが。
空気が、確かに変わった。
ヴォルガドの目が細くなる。
「……動くな」
モルディナも、それを感じ取る。
「……来るわね」
カトレアが身構えた。
「罠、起動ってやつ?」
「いいえ」
モルディナが静かに否定する。
「もっと正確には――“拒絶反応”よ」
静まり返った部屋。
埋まらない距離。
それでも。
確実に、何かが動き始めていた。




