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徳を積みすぎたモブ願望の元聖女。 朝の挨拶で魔王が安眠し、なぜかお隣さんになりました!  作者: 黒武者
第三章 デラクストーン国

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第57話 静かな叫び

 通路は、さらに奥へと続いていた。


 先ほどまでの“旧区画”とは違う。


 整っている。


 あまりにも、整いすぎていた。


「……嫌な感じね」


 カトレアが、小さく呟く。


 モルディナも同じ感覚を抱いていた。


「ええ……綺麗すぎる」


 血の跡もない。


 争った痕跡もない。


 だが――


 それが逆に、不自然だった。


 ヴォルガドが低く言う。


「……ここは、“見せる場所”だな」


 一歩、進む。


 空気は静か。


 だが。


 どこか、息苦しい。


 静かすぎるのだ。


 やがて。


 一つの扉の前へ辿り着く。


 重厚な鉄扉。


 装飾はない。


 ただ無機質で、冷たい。


 カトレアが眉をひそめる。


「何か気配はあるわね」


「……でも、妙」


 モルディナも目を細める。


「人はいる。でも、“生活の気配”がない」


 セラフィナイトが、そっと扉へ視線を向ける。


「……はい」


 静かな声。


「確かに、人の気配はございます」


 一拍。


「ですが……リゼルさんとは違うような気がします」


「とても悲しげ、と言いますか……」


 その言葉に、空気がわずかに沈む。


 カトレアが小さく息を吐いた。


「とはいえ、細工されてる可能性もあるわ」


「罠だったら厄介よ」


 真っ当な意見だった。


 ヴォルガドが前へ出る。


「では、余が探知してみるか」


 扉へ手をかざす。


 低く、小さな詠唱。


 空気がわずかに震え、手のひらが淡く発光する。


 光は緑へと変わり、静かに広がった。


 数秒。


 やがて、ヴォルガドが目を開く。


「……トラップ系はなさそうだ」


「ヴォルガド、それ便利ね」


 モルディナが感心したように言う。


「ん? お前も似たようなの持ってるだろう」


「私のは、そんな分かりやすく光らないのよ」


「二人とも、ほんと何でもできるわね……」


 カトレアが呆れたように肩を落とす。


「最近もう、驚かなくなってきたわ」


 その言葉に、少しだけ空気が緩んだ。


 モルディナが、小さく頷く。


「……じゃあ、開けるわよ」


 誰も止めない。


 ゆっくりと。


 重い音を立てながら、扉が開いていく。


 中は、広い空間だった。


「……え?」


 カトレアが、思わず声を漏らす。


「一人じゃないの……?」


「そのようだな」


 ヴォルガドが目を細める。


「静かすぎる」


 そこに並んでいたのは――少女たちだった。


 白い衣を纏い、椅子へ座らされている。


 あり得ないほど綺麗に。


 等間隔で。


 まるで、展示物のように。


 全員、目を開いている。


 だが。


 その瞳には、何も映っていなかった。


「……何、これ」


 カトレアの声が、わずかに震える。


 誰も、すぐには動けなかった。


 少女たちは、生きている。


 呼吸もある。


 肌にも温度がある。


 なのに――


 “いない”。


 そこに、人としての気配が存在しない。


 モルディナが、一人へ近づく。


 しゃがみ込み、目線を合わせた。


「……ねえ」


 優しく声をかける。


 反応はない。


 指先をそっと振ってみる。


 瞳は、微動だにしなかった。


「……意識が、閉じてる」


 ヴォルガドが短く告げる。


「抜かれているな」


 カトレアが振り返る。


「抜かれてるって、何よそれ……!」


「言葉通りだ」


 感情のない返答。


 事実だけを並べた声音。


 その時だった。


 セラフィナイトが、一人の少女の前で立ち止まる。


 静かに見つめる。


 そして――


 そっと、手を伸ばした。


 白い指先が、少女の肌へ触れる。


 その瞬間。


 少女の瞳が、わずかに揺れた。


「……っ!」


 モルディナが反応する。


「今、動いた!」


 カトレアも息を呑む。


「ほんとに……?」


 だが。


 次の瞬間には、元へ戻っていた。


 何事もなかったように。


 再び、空っぽの瞳。


 沈黙。


 セラフィナイトは、ゆっくり手を引いた。


 そして。


「……寂しそうですわ」


 静かに、そう言った。


 その一言が。


 部屋全体へ、重く沈む。


 モルディナが、唇を噛む。


「……これ、もしかして」


 一人一人を見渡す。


「何かの役割を終えた者かしら?」


「は?」


 カトレアが目を見開く。


「役割を終えた者?」


 モルディナの声は低かった。


「魔力の質が、全部同じ」


 ヴォルガドが補足する。


「だが、機能していない」


 一拍。


「いや……“機能させられていない”か」


 理解が、繋がる。


 この国の異常。


 結界。


 人格の遮断。


 そして。


「……利用してるのね」


 モルディナの声が、冷えていく。


「人を、“装置”として」


 カトレアが拳を握った。


「ふざけてる……!」


 だが、叫ばない。


 叫べない。


 ここは、そういう場所だ。


 その時。


 奥の扉の向こうから、かすかな音が響いた。


 何かが運ばれてくる。


 規則的な足音。


 複数。


 ヴォルガドが低く言う。


「……次が来るな」


 モルディナが即座に立ち上がる。


「隠れるわよ」


 カトレアは、最後にもう一度だけ振り返った。


 並ぶ少女たち。


 動かない瞳。


 その中の一人が――


 ほんの一瞬だけ。


 “助けて”と揺れた気がした。


 セラフィナイトは、静かに目を伏せる。


「……急いで出ましょう」


 いつも通り、柔らかな声。


 だが。


 その奥には確かに、怒りが滲んでいた。

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