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徳を積みすぎたモブ願望の元聖女。 朝の挨拶で魔王が安眠し、なぜかお隣さんになりました!  作者: 黒武者
第三章 デラクストーン国

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第56話 干渉しない影

 暗い通路を抜けた先。


 わずかに開けた空間。


 そこに――


 一人、立っていた。


 黒い外套。


 壁にもたれ、腕を組んでいる。


 こちらを見ているのかさえわからない。


 気配は薄い。


 だが、隠していない。


 最初から“そこにいた”かのように。


 カトレアの足が止まる。


「……いるわね」


 モルディナの視線が細くなる。


「ええ。いるわね。」


 ヴォルガドは、一歩前へ出る。


 空気が張り詰める。


 セラフィナイトは、その人物を静かに見つめた。


 そして――


「……あの方です」


 小さく、呟く。


 リゼルへ繋がる“気配”。


 その中心。


 オリエッタが、ゆっくりと顔を上げる。


「……やっぱり来たわね。正直驚いてる。どうやって特定したのか、また今度聞かせてもらおう」


 声は平坦だった。


 驚きも、警戒も薄い。


 ただ、確認するように。


 カトレアが一歩踏み出す。


「貴殿――」


「待って」


 モルディナが制する。


 不用意に動かない。


 それが、この場の“最適解”だと理解している。


 オリエッタは、その様子を一瞥した。


「安心していいわ」


 短く言う。


「騒ぐ気はない」


 一瞬、沈黙が落ちる。


 カトレアが眉をひそめた。


「……なぜ?」


 ヴォルガドは眉ひとつ揺らさない。


「理由は」


 問いは簡潔だった。


 オリエッタは、壁から背を離す。


 ゆっくりと立ち姿を正した。


「任務は完了しているから。もはやここに居る理由もない」


 それだけだった。


 モルディナが、わずかに視線を動かす。


「……リゼルちゃんを確保した、ってことね」


「ええ。正解」


 肯定は、あまりにもあっさりしている。


 カトレアの声が強くなる。


「じゃあ何でここにいるのよ!」


「帰ればいいでしょ!」


 オリエッタは、少しだけ間を置いた。


「帰るわよ」


 視線を外す。


「もうすぐ」


 それが嘘ではないと分かる。


 だからこそ、気味が悪い。


 ヴォルガドが一歩進む。


「ならば」


 低く告げる。


「道を塞ぐな」


 オリエッタは、軽く肩をすくめた。


「塞いでいないわ」


 事実だった。


 通路は開いている。


 進める。


 だが――


 “そこにいる”だけで、圧になる。


 モルディナが静かに言う。


「……随分と余裕ね」


 オリエッタは、わずかに目を細めた。


「余裕じゃない」


 一拍。


「合理的なだけ」


 その言葉に、カトレアが苛立つ。


「何それ……」


 オリエッタは続けた。


「ここで騒げば、全員が死ぬ可能性がある」


 淡々と。


「あなたたちも、私も」


 空気が凍る。


 “毒ガス”。


 共有されていなくても、理解はできた。


 ヴォルガドが短く言う。


「……知っているのか」


「ええ」


「だから騒がない」


 それだけ。


 シンプルな理由。


 だが――


 逆に、信用しづらい。


 モルディナが問いかける。


「じゃあ、見逃すの?」


 オリエッタは、ほんの少しだけ考えた。


 そして。


「結果的には、そうなるわね」


 視線を、セラフィナイトへ向ける。


「ただし――」


 一拍。


 空気が張る。


「連れ戻す気があるなら、やめた方がいい」


 その言葉に、カトレアが反応した。


「なぜ?」


 オリエッタは続ける。


「この国は、外から見えているものより、ずっと歪んでいる」


「深入りすれば、戻れなくなる」


 淡々とした警告。


 脅しではない。


 “事実”としての言葉だった。


 セラフィナイトが、一歩前へ出る。


 静かに。


「……それでも」


 優しい声。


 だが、揺れない。


「リゼルさんを、お一人にはできませんわ」


 沈黙。


 オリエッタは、その顔を見つめる。


 数秒。


 ほんのわずかに――


 視線が柔らいだ。


「……そう」


 それだけ。


 それ以上は言わない。


 踵を返す。


 背を向ける。


「好きにしなさい」


 歩き出す。


 止めない。


 振り返らない。


 そのまま、影の中へ溶けるように消えていった。


 残された沈黙。


 カトレアが、ようやく息を吐く。


「……何なのよ、あれ」


 モルディナが小さく笑う。


「プロフェッショナルね」


 ヴォルガドは短く言った。


「敵ではない」


 一拍。


「だが、味方でもない」


 セラフィナイトは、しばらくその場に立っていた。


 そして。


「……急ぎましょう」


 静かに言う。


「リゼルさんが、待っていますから」


 もう、迷いはない。


 四人は、再び歩き出す。


 今度は――


 より深く。

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