第55話 共鳴
気配を殺したまま、誰も動かない。
扉の向こうでは、規則的な足音が往復していた。
無機質な声が、淡々と響く。
「……痕跡はこの区画で途切れている」
「隠蔽、もしくは潜伏」
「優先度を下げる。上層警戒を維持」
やがて。
足音が、ゆっくりと遠ざかっていく。
完全に気配が消えるまで、誰一人として息を緩めなかった。
沈黙。
わずかな間を置いて、モルディナが小さく息を吐く。
「……助かったわね」
カトレアも、ようやく肩の力を抜いた。
「ほんと、心臓に悪いわ……」
だが、ヴォルガドだけは表情を変えない。
「まだだ」
短い一言。
それだけで、緩みかけた空気が再び引き締まる。
そのときだった。
セラフィナイトが、静かに一歩前へ出る。
「……ここで」
やわらかな声。
モルディナが視線を向ける。
「セラフちゃん?」
セラフィナイトは、小さく頷いた。
「リゼルさんが……とても遠くに感じます」
一拍。
「ですが、確かに繋がっています」
説明にはなっていない。
だが――否定できる者もいなかった。
セラフィナイトは、その場へそっと膝をつく。
両手を重ね、静かに目を閉じる。
呼吸を整え――
「おはようございます」
ただ、それだけを告げた。
静かな挨拶。
なのに。
空気が、変わる。
壁一面の紋様が、淡く光を帯びた。
ゆっくりと。
まるで呼吸するように揺れる。
音はない。
だが確かに、“何か”が通った。
カトレアが思わず息を呑む。
「……また反応した」
モルディナも壁を見つめたまま、小さく呟く。
「この場所……完全にセラフちゃんへ共鳴してるわね」
ヴォルガドは黙ったまま、その光景を見ていた。
警戒は解いていない。
だが、その目には僅かな確信が宿っていた。
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■同時刻 地下深部
石壁に囲まれた、閉ざされた空間。
冷たい空気。
差し込む光もない。
リゼルは、静かに目を閉じていた。
拘束は解けない。
魔力も封じられている。
身体は重く、感覚さえ曖昧だった。
それでも。
「……おはようございます」
小さく、呟く。
ぎこちない声。
それでも繰り返す。
あの人のように。
あの、やわらかな声を思い出しながら。
「……セラフ様」
震える声。
その瞬間。
空気が、揺れた。
「……え?」
何かに触れられたような感覚。
温かい。
やわらかい。
懐かしい。
そこに確かに、“在る”。
リゼルの目から、涙が零れ落ちる。
唇を噛み締める。
「……来ては、いけません」
声にならない声。
届かないと分かっている。
それでも。
強く、強く拒む。
この場所を。
この国を。
そして――
あの人を巻き込むことを。
⸻
■再び 旧区画
セラフィナイトの指先が、わずかに震えた。
「……リゼルさん」
ゆっくりと目を開く。
「いらっしゃいます」
モルディナが、息を呑む。
「分かるの?」
「はい」
静かな返答。
だが。
その表情には、わずかな揺らぎがあった。
「ですが……」
カトレアが問い返す。
「何?」
セラフィナイトは、言葉を探すように視線を落とす。
「……拒絶のような」
小さく。
「それでいて……震えているような」
一瞬、胸元を押さえる。
「何か、とても強い意志を感じますわ」
沈黙。
ヴォルガドが低く呟く。
「……拒んでいる、か」
だが、モルディナはゆっくり首を振った。
「いいえ」
一拍。
「“守ろうとしてる”のよ」
その言葉に、カトレアが小さく息を吐く。
「どっちにしても――」
一歩、前へ出る。
「放っておけるわけないでしょ」
セラフィナイトは、静かに頷いた。
「はい」
やわらかな声。
だが、その芯は揺れない。
「リゼルさんは……お一人ではありませんから」
その一言が。
場の意思を、静かにひとつへ揃えていく。
ヴォルガドが前へ出た。
「進むぞ」
短い、確定の言葉。
モルディナが微笑む。
「ええ、行きましょう」
カトレアも肩を鳴らした。
「今度は見失わないわよ」
そして。
セラフィナイトが、先へ進む。
迷いなく。
まっすぐに。
“拒まれているかもしれない場所”へ。
それでも。
その足は、止まらなかった。




