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徳を積みすぎたモブ願望の元聖女。 朝の挨拶で魔王が安眠し、なぜかお隣さんになりました!  作者: 黒武者
第三章 デラクストーン国

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第48話 潜入

 四人は、言葉を交わさずに歩いていた。


 足並みは自然に揃っている。

 急ぎすぎず、遅すぎず。

 この町の“流れ”に合わせるように。


 視線は正面へ。

 だが意識だけは、それぞれ周囲へ広がっていた。


 通りは静かだった。


 人はいる。

 だが、“生活の音”がない。


 笑い声も、呼びかけも。

 何かに押し込められたように、町から消えている。


 すれ違う者たちは、誰も視線を合わせようとしなかった。


 ほんの一瞬、こちらを見る者もいる。

 だが、すぐに逸らす。


 関わること自体を避けるように。


(……監視されているわね)


 モルディナが、歩きながら小さく息だけで呟く。

 視線も、表情も動かさない。


(ええ。しかも、かなり広範囲)


 カトレアが同じように応じる。


 気配は感じる。

 だが、明確な位置が掴めない。


(結界とは別の層……か)


 ヴォルガドの思考が静かに沈む。


 ただの封鎖ではない。

 これは、“管理”だ。


 その中で。


「おはようございます」


 セラフィナイトだけが、いつも通りだった。


 すれ違った女性へ、自然に声をかける。


 女性は一瞬だけ驚いたように足を止めた。

 だが――


「……」


 何も言わず、小さく頭を下げると、そのまま去っていく。


 振り返ることもない。


 その背中を見送りながら、カトレアが小さく呟く。


「……返さないのね」


「返せない、のかもしれないわ」


 モルディナが静かに言う。


 セラフィナイトは、少しだけ首を傾げた。

 だが、すぐに前を向く。


 歩みは止めない。


 そのときだった。


 通りの先に、列が見えた。


 人が並んでいる。

 無言で。

 ただ順番を待つように。


 列の先には、小さな窓口。


 石造りの建物に開いた、穴のような受付口だった。


 そこへ、一人ずつ呼ばれている。


「……配給、かしら」


 モルディナが呟く。


 並ぶ人々の手元を見る。

 皆、同じ布袋を持っていた。


 受け取れるものは、限られている。


「管理されてるわね……完全に」


 カトレアの声がわずかに硬くなる。


 その列の横を通り過ぎようとした時。


 セラフィナイトが、ふと足を止めた。


 視線の先。


 列の中に、小さな子どもがいた。


 痩せている。

 足元はふらつき、今にも倒れそうだった。


 だが周囲の大人たちは、誰も支えない。


 関わらない。


 それが、この場所の“普通”であるかのように。


 セラフィナイトの足が、一歩だけ前へ出る。


「……待て」


 低く、ヴォルガドが制した。


 ほんのわずかな声。

 だが、確実に届く。


「……今は、動くな」


 理由は言わない。


 それでも十分だった。


 セラフィナイトは静かに目を伏せる。


 そして――小さく頷いた。


「……はい」


 もう一度だけ、その子を見る。


 それから、再び歩き出した。


 足取りは変わらない。


 だが、その内側にあるものは、先ほどとは違っていた。


 少し進んだところで、モルディナがぽつりと呟く。


「……見た?」


「ええ」


 カトレアが答える。


「助けないんじゃなくて、“助けられない”のよ」


 選択肢そのものが、最初から存在していない。


 そんな空気だった。


「この国……思ってた以上に歪んでるわね」


 モルディナの声は低い。


 ヴォルガドが短く返す。


「歪みではない」


 一拍。


「意図された構造だ」


 その言葉に、二人はわずかに黙った。


 その時だった。


 カサ……。


 前方の通りを、数人の兵士が横切る。


 足音は揃い、無駄がない。

 視線は鋭く、周囲をなぞっている。


 一瞬。


 そのうちの一人が、こちらを見た。


 空気が張り詰める。


 モルディナも、カトレアも。

 わずかに呼吸を落とした。


 だが――


 セラフィナイトが、自然に一歩前へ出る。


 そして。


「おはようございます」


 やわらかな声で、兵士へ挨拶した。


 兵士は、一瞬だけ動きを止める。


 予想外だったのだろう。


 だが。


「……」


 何も言わず、視線を外す。


 そのまま歩き去っていった。


 張っていた空気が、ゆっくりとほどける。


「……肝が据わってるわね」


 カトレアが小さく漏らす。


「ええ」


 モルディナも頷く。


「でも――」


 一瞬だけ、セラフィナイトを見る。


「だからこそ、危ういわ」


 セラフィナイトは何も言わない。


 ただ、前を見て歩いている。


 その時。


 通りの奥に、“黒い建物”が姿を現した。


 窓は少ない。

 光も、ほとんど入らない構造。


 周囲とは明らかに異なる、重い気配を放っている。


 人の出入りはある。


 だが、誰もそこを見ようとはしなかった。


 目を逸らすように。


「あそこね……」


 モルディナが静かに言う。


「間違いないわ」


 カトレアも頷いた。


 ヴォルガドは、ただ一言。


「……入るか」


 その問いに。


 セラフィナイトが、ゆっくりと頷く。


「はい」


 迷いはない。


 だが、その瞳の奥には。

 確かな決意が宿っていた。


 四人は、そのまま足を止めず。


 黒い建物へと歩みを進める。


 “閉じられた中心”へ向かって。

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