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徳を積みすぎたモブ願望の元聖女。 朝の挨拶で魔王が安眠し、なぜかお隣さんになりました!  作者: 黒武者
第三章 デラクストーン国

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第47話 溶け込むかたち

 ネルファを岩陰に残し、四人は少しだけ距離を取った。


 視線の先には、黒い石の建造物。

 その周囲を、規則的に巡回する兵士たち。

 そして、そのさらに外側――


 力なく歩く人々の姿が、ちらほらと見え始めていた。


 誰もが俯きがちで、足取りは重い。

 会話はほとんどない。

 あっても、小さく、周囲を気にするようなものばかりだった。


「……まずは観察ね」


 モルディナが、小さく呟く。

 腕を組みながら、周囲の流れを追う。


「不用意に動けば、すぐに浮くわ」


「同感だ」


 カトレアも頷く。


「この空気……よそ者には敏感よ」


 ヴォルガドは無言のまま、周囲を一瞥する。

 敵意ではない。

 だが、“排除される側に回る危険”は確かにある。


 そのときだった。


「……そうだわ!」


 モルディナが、ふっと顔を上げる。

 次の瞬間、ぱっと笑みを浮かべた。


「みんな、変装して街に溶け込んでみない?」


 軽やかな提案。

 だが、その目は真剣だった。


「情報収集もしやすくなるわよ」


 カトレアが、わずかに眉を上げる。


「……あなたにしては、いい案ね」


「何よそれ」


 モルディナが肩をすくめる。


「カトレア、貴女が褒めるなんて、気持ち悪いわね」


「まぁ、モルディナさん」


 セラフィナイトが、ぱっと顔を明るくする。


「大賛成ですわ」


 その素直な反応に、モルディナも満足そうに頷く。


「でしょ?」


 そして、全員を見渡す。


「カトレアは……そのままでいいんじゃない?」


「何でよ!」


 即座に食いつく。


「私もやるわよ、ちゃんと!」


「聖女だし、スカウトされるかもよ?」


「それは嫌よ!」


 軽いやり取り。

 だが、どこか張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ緩む。


 モルディナは、くすっと笑ってから、ヴォルガドへ視線を向けた。


「ヴォルガド、あなた少し背を低くしてくれる?」


「……ほう」


「目立たない方がいいのよ。それと、その角も」


 ヴォルガドは一瞬だけ黙る。

 だが、すぐに小さく頷いた。


「構わん」


 その一言と同時に、魔力がわずかに揺れる。


 次の瞬間。

 その巨躯は、ひと回り小さく収まり、角も綺麗に消えていた。


「……便利ね、それ」


 カトレアがぼそりと呟く。


「余にかかれば、この程度はたやすい」


 いつも通りの低い声。

 だが、どこか抑えている。

 目立たないように、という意識はあるらしい。


 モルディナは満足そうに頷き、今度はセラフィナイトへ向き直る。


「セラフちゃんは、何がいい?」


「うーん……」


 少し考えて。


「大変申し上げにくいのですが……」


 ぱっと顔を上げる。


「お母さん、がいいですわ」


 一瞬、空気が止まった。


「……え?」

「へ?」

「は?」


 三人の声が、きれいに重なる。


 モルディナが、目を瞬かせる。


「な、なんでお母さん?」


 セラフィナイトは、少しだけ遠くを見るようにして答えた。


「わたくし……母のことを、存じませんの」


 声は穏やか。

 だが、その奥にあるものは、静かに重い。


「記憶が曖昧で……どうしても思い出せなくて」


 一拍。


 カトレアは俯く。

 ヴォルガドは目を閉じ、頷く。


 モルディナの表情が、崩れ、涙が落ちる。


「……そうだったのね……!」


 目元が一気に潤む。

 そしてそのまま――


「わかったわ、セラフちゃん!」


 力強く言い切る。


「なら、これ以上ないくらい素敵なお母さんにするわ!」


「まぁ、楽しみですわ」


 セラフィナイトが、嬉しそうに微笑む。


 そのやり取りを見て。

 カトレアが、軽く息を吐く。


「……ほんと、ブレないわね」


 だが、その声は少しだけ柔らかく、瞳は潤んでいる。


 モルディナが、指を軽く鳴らす。

 空気が、ふわりと揺れる。

 魔法が、優しく広がる。


 まず、セラフィナイトの姿が変わる。


 年齢が、少しだけ上がる。

 髪はそのままに、落ち着いた装い。

 包み込むような柔らかさが、自然と滲み出る。


 どこからどう見ても、“母”だった。


「……すごいわね」


 カトレアが、素直に感心する。


「姉妹って言われても通るけど……ちゃんと違う。セラフへの愛を感じるわ」


「でしょ?」


 モルディナが得意げに胸を張る。


 その瞬間。


「まあ、どうかしら?ヴォルガドさん!」


 セラフは目を輝かせ、質問した。


「余も驚いている」


 どこから出したのか、モルディナが大きなミラーを手に、セラフを映し出した。


「モルディナさん、ありがとうございます」


 セラフィナイトが、そのまま抱きついた。


「……っ!」


 モルディナが固まる。


 そして次の瞬間――


「ああ、とてもいい香り……幸せだわ……天国よ」


 完全に蕩けた。


「もう少しこのままでいてもいいかしら……」


「ええ、もちろんですわ」


 自然に受け入れるセラフィナイト。


 ヴォルガドが、横から低く問う。


「……余はどうだ」


 モルディナはちらりと見る。


「邪気のない小さくなったイケメンって感じね」


「……ほう」


「逆にモテるんじゃない?」


「そうか」


 満更でもなさそうに、短く返す。


「まぁ、ヴォルガドさん」


 セラフィナイトが微笑む。


「とても素敵ですわ。戻ったらデートしてみたいです!」


「……いつもは違うとでも?」


「違うわよ」


 カトレアが即答する。


「親子みたいでしょ」


「貴様……」


 わずかに空気が揺れる。

 だが、すぐに収まる。

 今は潜入中だ。


「次は私が変わるわね」


 モルディナが指を軽く鳴らす。


 空気がふわりと揺れ、彼女自身の装いが変わった。


 すっきりとしたラインの上着に、細身のスカート。

 無駄のない動きやすさと、どこか知的な雰囲気を纏った装い。


 いわゆる――“できる女”というやつだ。


「どう?」


 くるりと一回転して見せる。


「……何それ」


 カトレアが眉をひそめる。


「秘書みたいじゃない」


「いいでしょ?」


 モルディナが得意げに言う。


「こういうの、街に溶け込みやすいのよ」


「ほんとに?……まぉ、いいわ」


 半信半疑の視線。


「じゃあ次、カトレアね」


「ええ、任せたわ」


 カトレアが腕を組む。


 その瞬間。

 モルディナが、にやりと笑った。


「……はい」


 軽く魔法を発動する。


 一瞬の光。

 そして。


「――は?」


 カトレアが固まった。


 胸元や腰回りが大胆に開いた、やたらと布の少ない衣装。

 装飾だけはやけに華やかで、動くたびにきらきらと揺れる。


 どう見ても――注目を浴びる。


「……何これ」


 一拍。


「派手すぎでしょ!!」


 即座にツッコむ。


「誰が踊るのよ!!」


 モルディナは、平然としている。


「似合ってるわよ?」


「似合う似合わないの問題じゃないでしょ!!」


 ぴしっと指を突きつける。


「潜入よ!? お祭りじゃないのよ!?」


「まぁ、カトレアさん。とてもセクシーです!うっとりしますわ!」


「その言葉嬉しいけど、コレは色々危険よ」

セラフに褒められまんざらでもないカトレア。


「確かにな。刺激が強いだろう」」

ヴォルガドも真剣に答える


「じゃあ、もう少し地味にする?」


「最初からそうしなさいよね!!」


 間髪入れずに返す。


 モルディナは、やれやれと肩をすくめた。


「ほんと、注文が多いわね」


「誰のせいよ!」


 再び、魔法が発動する。


 今度は、落ち着いた光。

 カトレアの服装が変わる。


 ライトグレーの上着に、黒のパンツスタイル。

 装飾はほとんどなく、どこにでもいる町の女性の姿。


「……どう?」


「……かなり地味ね」


「望んだんでしょうが」


「……まあいいわ、顔は明るく心掛けよう」


 納得したような、していないような顔で頷く。

 だがそれ以上は言わなかった。

 任務には適している。それは理解しているからだ。


 観念したように肩をすくめる。


 そして。

 全員が、互いの姿を確認する。


「よし……こんなところね」


 モルディナが頷く。


 そのとき。

 ふと、視線がネルファへ向いた。


「……この子、どうする?」


 カトレアが言う。


 ネルファは、不安そうにこちらを見ている。


「……私は、ここで待ってる」


 小さく、しかしはっきりと。

 自分でそう言った。


 モルディナは、少しだけ考えてから頷く。


「わかったわ。じゃあ――」


 小さな魔法陣を、その場に展開する。

 光は抑えめ。外からはほとんど見えない。


「この中で待っていて」


 優しく言う。


「簡単なシェルターよ。誰にも気づかれないわ」


 一拍。


「絶対に、出ちゃダメ」


 ネルファは、こくりと頷いた。


 その様子を見て、モルディナは懐からパンを取り出す。


「あと、これ」


 差し出す。


「美味しいわよ」


「……持ってきてたのね」


 カトレアが呆れたように言う。


「まあね」


 モルディナが、ふっと笑う。


「美味しいんだもの」


 ネルファは、恐る恐るそれを受け取った。

 その手は、まだ少し震えている。


 だが――

 ほんの少しだけ、安心したようにも見えた。


「……行きましょう」


 モルディナが、静かに告げる。


 四人は、互いに一度だけ視線を交わし。

 そのまま、町の中へと足を踏み入れた。


 “閉じられた世界”の奥へ向かって。

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