第44話 デラクストーン
視界が、ふっと切り替わる。
光が引き、空気が入れ替わり、足元の感触がわずかに重くなる。
転移の余韻が消えた瞬間――四人は同時に、その違和感を捉えた。
静かすぎる。
風はある。だが、音がない。
葉の擦れる音も、虫の気配も、何もかもが抜け落ちている。
見渡せば、荒れた大地が広がっていた。
ところどころに転がる黒ずんだ石。遠くに見える建造物の影。
だが、そのどれもが――どこか澱んでいる。
色が沈んでいる。
光が鈍い。
生きているはずの世界なのに、“動き”が感じられない。
「……何なの、これ」
モルディナが、思わず呟いた。
小さな声のはずなのに、不自然なほどよく響く。
それほどまでに、この空間は音を持っていなかった。
彼女はしゃがみ込み、地面に触れる。指先で土をなぞり、わずかに眉を寄せた。
「……死んでるわね」
ぽつりと落とす。
「完全に、とは言わないけど……生き物の気配が薄すぎる」
立ち上がり、周囲を見渡す。
「異常ね」
カトレアも腕を組み、空間を観察する。
「ここまで強い結界だと……生物が死滅したか、逃げたか……どちらにしても普通じゃないわ」
空気を吸い込む。だが、どこか引っかかる。
「息苦しいわけじゃないのに……落ち着かない」
言葉にしづらい違和感だった。
「本来なら、侵入自体が難しいはずよ。これほどの結界ならね」
半ば呆れたように言う。
「……よく入れたわね、私たち」
「そうでもない」
短く返したのはヴォルガドだった。視線はすでに前方へ向いている。
「結界は“拒む”だけのものとは限らん」
一歩、踏み出す。
「“通す”ことを前提にした構造もある」
モルディナが目を細める。
「……つまり?」
「選別型だ」
簡潔な答えだった。
「入ることは許容する」
一拍。
「だが――」
その先は言わない。
まだ断定には至っていないからだ。
四人はゆっくりと歩き出す。
足音が、やけに重く響いた。
地面は硬い。だがどこか、“吸われる”ような感触がある。
空は曇っていない。だが、光が届ききっていない。
どこか世界全体が、薄く覆われているような――そんな印象。
そのときだった。
「おはようございます」
やわらかな声が、静寂に溶けた。
三人が同時に振り向く。
セラフィナイトだった。
いつもと変わらない笑み。
いつもと同じ挨拶。
だが、この場所では――それがあまりにも異質だった。
「……こんなところで?」
カトレアが思わず言う。
セラフィナイトは、わずかに首を傾げる。
「こんなところ、だからですわ」
静かに答える。
「誰も挨拶をしていない場所ほど、寂しいものはありませんもの」
その言葉に、すぐ返せる者はいなかった。
ただ一人、ヴォルガドだけが小さく息を吐く。
「……そうだな」
それ以上は言わない。
だが、わずかに空気が変わった。
張り詰めていたものが、ほんの少しだけ緩む。
四人はそのまま、さらに奥へ進む。
やがて――
ヴォルガドが足を止めた。
「……ここだな」
何もない空間。
だが、確かに“境界”がある。
目には見えない。だが、そこに“在る”。
モルディナが手をかざす。
「……確かにあるわね」
薄く笑う。
「でも――」
そのまま手を前に出す。
抵抗は、なかった。
するりと通り抜ける。
「……あれ?」
カトレアも手を伸ばす。
同じく、何の引っかかりもない。
「……簡単すぎない?」
「拍子抜けだな」
ヴォルガドもそのまま踏み込む。
全員が境界の内側へ入る。
だが――変化はない。
むしろ、“変わらなさ”が不気味だった。
「……こんなもの?」
カトレアが呟く。
そのとき。
「試してみるか」
ヴォルガドが振り返った。
「出られるかどうか」
モルディナが頷く。
「そうね、それは大事」
来た方向へ一歩戻る。
境界を越えようとする――
止まった。
「……あれ?」
足が進まない。
見えない何かに、軽く押し返される。
力を込めても、同じだった。
「……嘘でしょ」
もう一度試す。今度は強めに。
だが結果は変わらない。
“外へ出る”動きだけが、明確に阻害されている。
カトレアも試す。
「……ほんとだ」
眉をひそめる。
「入れたのに、出られない」
その事実が、静かに重くのしかかる。
モルディナがゆっくり振り返る。
その表情から、軽さは消えていた。
「……なるほどね」
一拍。
「これ、“檻”だわ」
はっきりと言い切る。
ヴォルガドも静かに頷いた。
「入ることは許す」
一拍。
「だが、出すつもりはない」
結論だった。
セラフィナイトは、その境界をじっと見つめている。
触れはしない。ただ、静かに。
(……ここに)
意識が、さらに奥へ向く。
(リゼルさんが、いらっしゃいますわ)
その確信だけが、強くなる。
そして――
四人は、完全に“内側”へと踏み込んでいた。




