第43話 重なる手、繋がる先
丘の上。
セラフィナイトは、変わらず祈りを続けていた。
朝の光の中、その姿だけが静かに切り取られている。風が頬を撫でても揺らがない。意識はただ遠くへ――見えないどこかへと向けられている。
その背後に、ゆっくりと影が重なった。
ヴォルガドだった。足音はほとんどない。気配だけが、すっと近づく。そして何も言わず、そっとその肩に手を置いた。
大きく、厚い手。
触れた瞬間、わずかに力が抜かれる。押さえつけるのではなく、“支える”ように。
「……震えているな」
低く、静かな声。責める響きはない。ただ事実を置くだけの言葉。
セラフィナイトは目を閉じたまま、小さく息を吸う。否定もしないし、隠そうともしない。
「……はい」
その声に合わせるように、ヴォルガドの魔力が静かに流れ込んだ。荒れることもなく、押し付けるでもなく、ただ深く沈み込むように広がっていく。
「だが」
一拍。肩に置かれた手に、わずかに重みが増す。
「余に任せよ。準備ができているなら、申せ」
その言葉に、セラフィナイトの呼吸が少しだけ整う。背中から伝わる温もりが、冷えていた感覚をゆっくりと戻していく。
「……はい、ヴォルガドさん」
声が、ほんの少し柔らぐ。
「その大きな優しい手の温もり……何だか、安心しますわ」
わずかに、微笑む気配。
その瞬間だった。
ヴォルガドの意識に、“何か”が流れ込む。
映像ではない。記憶でもない。ただの断片。切り取られた“場所の感覚”。
暗い石。閉じた空気。遠くで響く、鈍い音。
そして――微かに残る、リゼルの気配。
「……なるほど」
ヴォルガドの口元が、わずかに歪む。
「面白い」
「え、それで分かるの?」
モルディナが思わず口を挟む。半信半疑というより、純粋な興味の色だった。
ヴォルガドは振り返らない。
「潜在意識の中を、少しばかり掘り出しただけだ」
それ以上は語らない。だが、それで十分だった。
再び前を向く。
「おおよその位置は特定した」
一歩、わずかに足をずらす。
「だが――結界の内部へ直接転移するには、座標が足りん」
空間を測るように、視線が細められる。
「近隣へ飛ぶ」
結論は簡潔だった。
セラフィナイトは、ゆっくりと目を開く。そこにもう迷いはない。
「準備は整いましたわ」
静かに告げる。
「ノエルさんにも、お伝えしてあります」
一瞬だけ町の方へ視線を向け、すぐに戻す。
「……お願いします」
その一言に、揺らぎはない。
ヴォルガドは小さく頷いた。
「モルディナ、カトレア」
短く呼ぶ。
「余の背に触れよ」
「ええ、わかったわ」
モルディナが即座に応じ、カトレアも無言で近づく。二人同時に、ヴォルガドの背へ手を置いた。
その瞬間、空気がわずかに歪む。
一呼吸。ほんの短い静止。
次の瞬間――足元に魔法陣が浮かび上がった。
黒とも紫ともつかない光。禍々しさを帯びながらも、完全に制御された形。幾何学的な紋様が静かに回転し始める。
風が止まる。音が消える。
世界が、一瞬だけ切り離される。
その中心で、セラフィナイトは再び目を閉じた。
祈りは、まだ続いている。
そして――
光が、四人を包み込んだ。




