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徳を積みすぎたモブ願望の元聖女。 朝の挨拶で魔王が安眠し、なぜかお隣さんになりました!  作者: 黒武者
第ニ章 招かれざる影

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第32話 影は名を探り、名はまだ届かない

 夜の通りは、静まり返っていた。


 灯りはまばらで、人の気配もほとんどない。

 だがその静けさは、安らぎではなく、どこか張り詰めたものに変わっている。


 街灯の下に、モルディナが立つ。

 その視線の先、わずかな闇の中からオリエッタが姿を現した。


 距離はおよそ十歩。

 互いに一歩も動かない。


 少し遅れて、建物の影にヴォルガドの気配。

 さらに横合いから、軽い足音が近づいてくる。


「ちょっと、何よこの空気」


 カトレアだった。腕を組みながら、状況を一瞥する。


「……で、誰?」


 短い問い。


 視線が一斉にオリエッタへ集まる。


 オリエッタは一瞬だけ間を置き、姿勢を崩さずに口を開いた。


「参りました。……そう、私はただの調査要員として、各地を巡り、人探しをしている者です」


 声は落ち着いている。

 嘘は混ざっているが、破綻はない。


「この町にも、たまたま立ち寄っただけでして」


 一拍置く。


「ですので――怪しい者ではありますが、決して怪しい者ではありません」


 沈黙。


 風が一度だけ、通りを抜けた。


「……どっちよ」


 モルディナが、呆れたように言う。


「どっちもね」


 間髪入れず、カトレアが横から口を挟む。


「自覚はあるってことでしょ」


「納得するところじゃないわよ、それ」


 モルディナが軽くため息をつく。


 オリエッタは視線を動かさない。

 だが内側では、全員の反応を細かく拾っていた。


(警戒は維持。だが、即時排除の動きはなし)


 呼吸、視線、間合い。

 どれもが戦闘の一歩手前で止まっている。


 そこへ、カトレアが一歩前に出る。


 じっと観察するようにオリエッタを見て――


「……あんた」


 一拍。


「もしかして、セラフのストーカーね?」


 空気が、ほんのわずかにズレた。


 モルディナが眉をひそめる。


「ダメだ! もう定員オーバーだ!」


 カトレアは続ける。真剣な顔で。


「これ以上増えたら収拾つかないわよ!」


(……何の話だ)


 オリエッタの思考が、初めてわずかに止まる。


 理解不能というより、前提が存在しない。


「カトレア、貴女ほんとに聖女?」


 モルディナが半ば呆れたように言う。


「な、何を言う! れっきとしたこの国の聖女だ!」


 即答。胸を張る。


「それにしては、いつもここにいるじゃない?」


「それとこれとは別問題だ!」


 やり取りは軽い。

 だが、その軽さが逆に異質だった。


 緊張を解くためのものではない。

 自然にそうなっている。


(……緊張が持続しない)


 本来、この状況は対峙であるはずだ。

 だが空気はどこか、日常に引き寄せられている。


 その中で。


「……聖女」


 オリエッタが、初めてその言葉を拾った。


 視線がわずかにカトレアへ向く。


「あなた方は、聖女でしたか」


 問いは平坦。

 だがその内側では、情報が高速で整理されている。


 カトレアが顎を上げる。


「見ての通り、私だけよ」


 誇りを含んだ声。


 モルディナは横で肩をすくめる。


「まぁ、そういうことにしておきましょうか」


「何よその言い方は!」


 軽いやり取り。


 だが、オリエッタの意識はすでに別の一点に集中していた。


 言葉を選ぶ。

 間を測る。

 そして、投げる。


「……ここに、セラフィナイトという聖女はいませんか?」


 空気が、ほんのわずかに変わる。


 完全な緊張ではない。

 だが、流れが一瞬だけ止まる。


 音が、わずかに遠のいたような感覚。


「セラフィナイトって……」


 カトレアが首を傾げる。


 その横で、モルディナが自然に答えた。


「セラフちゃんは、聖女じゃないわよ」


 間を置かず、カトレアも続く。


「そうね、人違いだわ」


 あっさりとした否定。


 だが。


(……即答)


 オリエッタの内側で、思考が鋭く動く。


(共有されている認識)


 迷いがない。確認も取らない。


(……本当に知らないのか? それとも)


 言葉の裏に、空白がある。

 だがその空白は、意図的に隠されたものには見えない。


 その時。


 通りの奥から、小さな足音が近づいてきた。


「……あれ?」


 柔らかな声。


 全員の視線が、自然にそちらへ向く。


 リゼルだった。


 少しだけ首を傾げ、不思議そうにこちらを見ている。


「どうかなさいましたか?」


 静かに歩み寄る。


 その視線が、オリエッタを捉えた。


 ほんの一瞬。


 空気が止まる。


 風も、音も、言葉も。


(……接触)


 予定より早い。

 だが、回避はできない距離。


 オリエッタは、わずかに姿勢を整える。


 観測ではなく――対面へ。


 夜の静けさの中で。


 それぞれの認識が、わずかにずれたまま、

 ひとつの場に集まっていた。


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