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徳を積みすぎたモブ願望の元聖女。 朝の挨拶で魔王が安眠し、なぜかお隣さんになりました!  作者: 黒武者
第ニ章 招かれざる影

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第33話 交差する視線と、引かれた一歩

 夜の通りには、まだわずかな緊張が残っていた。


 その中で、リゼルはゆっくりと歩み寄った。


「どうかなさいましたか?」


 落ち着いた声。呼吸も整っている。

 だが視線はまっすぐ、目の前の女――オリエッタを捉えていた。


 数歩の距離で止まる。


 互いの表情が、はっきり読み取れる位置。


 オリエッタは、その姿を静かに観察する。


(……間違いない)


 対象、リゼル。


 だがそれ以上に――


(……気づいている)


 その目に、わずかな確信が宿っている。

 初対面のそれではない。


 探りは不要。


 オリエッタは、短く問う。


「貴女は?」


 余計な言葉は添えない。


 リゼルは一瞬だけ間を置いた。

 視線が揺れるが、それは迷いではなく、整理の時間だと分かる。


(……来たのですね)


 外套の質、立ち方、気配の消し方。

 任務で動く人間。


 そして、おそらく――自分を。


 リゼルはその結論を、胸の奥で静かに受け止める。


(……言わない)


 選択は、もう決まっていた。


 軽く一礼する。


「リゼルと申します」


 整った所作。いつもと変わらない。


「この町で、お世話になっている者です」


 正しい言葉。

 だが核心には触れない。


 オリエッタはその返答を受け取り、わずかに視線を深める。


(……回避。意図的)


 情報は出さない。だが拒絶もしない。


 その時。


「おはようございます」


 柔らかな声が、空気を自然に割って入った。


 セラフィナイトだった。


 何の構えもなく、オリエッタへ向けて軽く一礼する。

 その動きは滑らかで、場の緊張とは無関係に見えるほど自然だった。


 一拍遅れて、首を傾げる。


「どちら様ですの?」


 純粋な問い。


 疑いも、警戒もない。

 ただ、知らないから尋ねているだけ。


 その視線を受けて、オリエッタの思考がわずかに止まる。


(……演技ではない)


 作られていない反応。


 リゼルは、その一瞬の揺らぎを見逃さなかった。


「通りすがりの方のようです」


 静かに言葉を差し込む。


「少し道に迷われたそうで」


 自然な流れ。無理がない。


 オリエッタは一瞬だけリゼルを見るが、否定はしない。


(……ここは乗る)


「……ええ、その通りです」


 短く応じる。


 その時、モルディナが腕を組みながら軽く言った。


「怪しいのは確かだけどね」


「どっちもって言ってたし」


 カトレアが即座に乗る。


「だから何よ、それ」


 軽口。


 だが場の緊張は、確実に緩んでいく。


 張り詰めていた糸が、わずかにたわむ。


 その流れの中で、セラフィナイトがふと微笑んだ。


「ちょうど夕食の用意ができておりますの」


 少しだけ前に出る。


「よろしければ、ご一緒しませんか?」


 ごく自然な誘いだった。


 善意も、打算もない。

 ただ“そうするのが当たり前”という声音。


 オリエッタは、わずかに目を細める。


(……この状況で、誘うのか)


 理解できない。

 だが、だからこそ。


「……いえ、それは遠慮させていただきます」


 静かに首を振る。


「ただの通りすがりの者ゆえ、これで失礼させていただきます」


 礼は崩さない。

 距離も保つ。


 それが最適と判断した。


 セラフィナイトは、すぐに頷く。


「そうでしたか」


 やわらかな笑み。


「では、ごきげんよう」


 それ以上は引き止めない。


 それが、この場の“普通”だった。


 オリエッタは一礼し、踵を返す。


 背を向けた瞬間、わずかに空気が軽くなる。


(……引いた)


 判断は正しい。


 だが同時に、理解が追いつかない。


(……もう少し、話すべきだったか)


 リゼルの反応。

 あの銀髪の少女。

 そして、この場の異質な均衡。


 だが――


(……改める)


 足は止めない。


 今は情報を持ち帰る段階ではない。

 数日、潜伏する。


 その上で――回収。


 そう結論づけ、闇の中へと消えていった。


 通りに残ったのは、いつもの空気だった。


「では、戻りましょうか」


 セラフィナイトが穏やかに言う。


 誰も異論はない。


 そのまま自然に歩き出す。


 家の前に着くと、セラフィナイトは先に扉を開ける。


「先に入っておりますね」


 くるりと振り返り、微笑む。


 そして、そのまま中へと入っていった。


 扉が静かに閉まる。


 外に残ったのは、リゼルと――三人。


 モルディナ、カトレア、ヴォルガド。


 短い沈黙。


 リゼルは、セラフィナイトが入っていった扉を一瞬だけ見つめる。


 その背中が見えなくなったのを確認してから、

 静かに口を開いた。


「……連れ戻しに来たみたいです」


 声は低く、落ち着いている。


 だが、その言葉の重さは隠していない。


 モルディナの目が、わずかに細くなる。


「やっぱりね」


 軽く息を吐く。


 カトレアは腕を組んだまま、顔をしかめる。


「面倒なのが来たわね……」


 ヴォルガドは、短く一言だけ。


「……遅いくらいだ」


 リゼルは、ゆっくりと視線を戻す。


 夜の通りは、もう何も残っていない。


 だが。


(……来た)


 確実に。


 静かだった日々が、少しだけ形を変え始めていた。


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