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徳を積みすぎたモブ願望の元聖女。 朝の挨拶で魔王が安眠し、なぜかお隣さんになりました!  作者: 黒武者
第ニ章 招かれざる影

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第31話 静かな報告と、観測という選択

 まだ夜の冷たさが、街に残っている時間だった。

 東の空が、ようやく薄く白みはじめている。


 街灯は消えかけ、店の戸は固く閉ざされたまま。

 人通りもなく、石畳の上には朝露が静かに光を宿していた。


 街の外れ。

 建物と建物の隙間にできた細い路地に、オリエッタは立っていた。


 壁にもたれず、ただ真っ直ぐに。


 足は肩幅。重心は中央。

 いつでも動ける姿勢のまま、周囲へ意識を巡らせている。


 視線だけが、ゆっくりと路地の入口へ向けられた。


 ――誰もいない。

 気配もない。


(……問題なし)


 小さく息を吐く。


 右手を胸の高さまで持ち上げ、指先で空をなぞる。

 そこに、薄く術式が展開された。


 光はない。

 ただ、空気がわずかに歪むだけの簡易通信。


 最低限の出力。

 痕跡を残さないための、徹底した制御。


 オリエッタは、その中心を見据えたまま口を開いた。


「――報告」


 低く、均一な声。


「対象リゼルを確認。生存。状態安定」

「現在、辺境の町にて生活圏を維持」

「接触は未実施。機会を待機中」


 一拍。


「以上」


 指先をわずかに閉じる。


 術式は音もなく消え、路地には再び静寂だけが戻った。


 オリエッタは、ゆっくりと手を下ろす。


 視線はそのまま、何もない空間を見ていた。


(これでいい)


 本来の任務は単純だ。


 見つける。

 確保する。

 連れ帰る。


 それだけ。


 だが――


 視線が、わずかに動く。


 路地の外。

 町の中心へ続く通りへ。


(……リゼル)


 先ほどの光景が、静かに再生される。


「セラフさーん」


(不自然)


 思考は、即座に形を取る。


(対象が“あの”セラフィナイトであるなら)

(呼称は固定されるはず)


 侍女と主。

 その関係は、言葉に最も強く現れる。


(“様”が付かない理由がない)


 だが実際は違った。


(“さん”)


 敬意はある。

 だが、絶対ではない。


(……距離が違う)


 視線が、わずかに細くなる。


(やはり、別個体か)


 そのまま、記憶を引き出す。


 セラフィナイト・ゴールドステイン。


 記録に残る聖女。

 かつて一度だけ目にした姿。


 光を背負うような、ウェーブがかったブロンドの髪。

 凛とした佇まい。


 柔らかさと強さを同時に宿した眼差し。

 人を惹きつける存在。


 そして――

 ほんのわずかに見せる笑顔。


(常時、魔力放出状態)

(休息の痕跡、ほぼなし)


 “機能としての聖女”。


(持続不可能)

(……いずれ破綻する)


 淡々とした分析。


(失踪の要因としては妥当)


 だが。


 視線の先。


 そこにいた少女。


 銀色の髪。

 癖のない、まっすぐなライン。


 朝の光を受けて、柔らかく反射している。


 表情は――


 常に、緩んでいる。


 警戒も、緊張もない。

 ただ、自然に微笑んでいる。


(……別物)


 思考が、静かに断じる。


 それで終わるはずだった。


 だが――


 ほんの一瞬。

 胸の奥に、引っかかる。


(……)


 理由は、ない。出てこない。


 オリエッタは路地を抜け、通りへと歩き出す。


 足音はほとんど鳴らない。

 人のいない時間帯でも、気配は極限まで抑える。


 通りに出る。


 空はさらに明るくなり、青と白の境界が溶け始めていた。


 それにしても――


 魔王のような大男。

 妖艶な魔女のような女。

 格式高い身なりの、冷ややかな眼の女。

 伏し目がちな、制服姿の可憐な少女。

 リゼル。

 そして――理解不能な、太陽のような少女。


(……異常な収束)


 本来、交差しないはずの存在。

 それが、自然に集まっている。


 完全なる違和感。


(だが……不自然ではない)


 そう“見えてしまう”。


(定義不能)


 オリエッタは、わずかに視線を落とし、足元の石畳に残る朝露を捉えた。


(……時間が必要ね)

(観測継続)


 それが、最も合理的な選択。


 ――そう、判断した。


 だが。


 次に起きる何かを、ほんのわずかに“待っている”自分に。


 まだ、気づいていなかった。

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