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徳を積みすぎたモブ願望の元聖女。 朝の挨拶で魔王が安眠し、なぜかお隣さんになりました!  作者: 黒武者
第ニ章 招かれざる影

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第30話 影は、静かに距離を測り続ける

 朝は、まだ完全には始まっていなかった。


東の空が白みはじめ、夜の冷たさが石畳に残っている。

人通りはまばらで、通りは静けさを保っている。


 その静けさに、小さな乱れが走った。


「セラフさーん!」


 弾むような声と、軽い足音。急いでいるのがはっきりと分かる。オリエッタの視線が反射的にそちらへ向いた。


 通りの奥から、一人の少女が駆けてくる。呼吸は乱れ、肩が上下し、髪もわずかに崩れている。寝起きのまま飛び出してきたような様子だった。


「はぁ……はぁ……っ、寝坊してしまいました……! すみません……!」


 パン屋の前で足を止め、息を切らしながら頭を下げる。その声を聞いた瞬間、オリエッタの思考がわずかに止まった。


(……今の声)


 距離は変えない。位置も動かない。ただ観測に集中する。


 少女――リゼル。息を整えきれていないまま、それでもまっすぐ前を見ている。その視線の先で、銀髪の少女がやわらかく微笑んだ。


「あら、リゼルさん!」


 自然な呼びかけ。その一言で、対象は確定する。


(……リゼル。生存確認)


 任務の第一条件は満たされた。だが次の瞬間、その認識に違和感が差し込む。


「セラフさーん」

(……呼称不一致)


 思考が即座に組み立てられる。対象が“あの”セラフィナイトであるなら、呼び方は固定されるはずだ。


侍女と主、その関係は言葉に現れる。


(“様”が付かない理由がない)


 だが現実は違う。“さん”。敬意はあるが、絶対ではない。


(……距離が違う)


 その間にも、銀髪の少女――セラフィナイトは穏やかに言葉を返していた。


「無理なさらず、お休みになっていてください。ご自分の好きなことをなさるのが、一番ですから」


 叱責でも確認でもない。ただ、それが自然であるかのような言葉だった。


「……はい!ご一緒したくて」


 リゼルは小さく頷く。息はまだ乱れているが、その表情には明らかな安堵があった。


 その瞬間、オリエッタはわずかに後ろへ下がる。音を立てず、意識的に、建物の影へ。光の届かない位置に身を滑り込ませながらも、視界は保ったまま。


(……リゼル確認。任務条件達成)


 本来ならこの時点で接触に移る。だが、その判断は取らなかった。


(……保留)


 視線が、銀髪の少女へ移る。

(セラフィナイト?)


 即座に否定が入る。記録と一致しない。髪色、魔力の圧、存在の質。そのすべてが異なる。


 記憶の中の聖女は、ブロンドの髪に光を宿し、常に魔力を放出し続ける存在だった。持続不可能な構造。いずれ破綻する。それが合理的な結論。


 だが、目の前の少女は違う。銀の髪はまっすぐで軽く、表情は常に緩んでいる。警戒も緊張もなく、ただ自然に微笑んでいる。


(……別物)


 断定できる。だが、それでも完全には切り離せない。


(……無関係とも言い切れない)


 その時、横から声が滑り込んだ。


「セラフちゃん、見つけたわ!」


 モルディナが朝の光の中から現れる。足取りは自然で、最初からそこにいたかのようだった。


「おはようございます」


「ええ、おはよう。今日も可愛いわね。

今朝ちょっと用があってね……何かしら、変な渦が気になったのよ」


 その言葉に、オリエッタの内側で警戒が立ち上がる。


(……こちらか? 感知系、精度高)


「まぁ、そうなんですの?それは困りましたわね」


 だが動かない。まだ確証はない。

 さらに前方から低い声が飛ぶ。


「遅い」


 ヴォルガドが通りの先で腕を組んで待っている。短い言葉。それだけで合流が成立する。


(何あれ?凄まじくオーラが溢れているではないか。だが統率なし……だが乱れもない。まずい、私が乱れそうになってしまった)


 そして後方から、鋭い声。


「ちょっと待ちなさい!」

 カトレアが追いつく。


「呼んでないわよ」

いつものモルディナ


「なんであんたが決めるのよ!」

カトレアもそれを待っている


 短い応酬。だがそれは衝突ではなく、日常の一部だった。それを見守るセラフがニコニコしている。


 そこへ、少し緊張した声が加わる。

「セ、セラフさん……!みなさん!」


 ノエルが小走りでやってきて、丁寧に頭を下げる。だが顔を上げた瞬間、並んだ面々に言葉を失う。


(……密度が高い。この可憐な子は何?)


 予想していた“朝の挨拶”とは違う。


「まぁ、ノエルさん。ご一緒に?」


「えっと……前に素敵だなって思って……」


 控えめな言葉に、セラフィナイトは嬉しそうに笑う。


 その流れを見て、モルディナがくすりと笑った。

「ああ、ノエルちゃんもかわいいわね、ほんと」


「……は? 何その流れ」

 カトレアが即座に噛みつくが、空気は重くならない。


 その中で、リゼルとノエルの視線が合う。


「初めまして。リゼルと申します」

リゼルは侍女特有の凛とした姿で挨拶を交わす


「えと、ノエルです……!」

大きく頭を下げて、丁寧に。

彼女の性格が滲み出ている。


 それは短く、丁寧なやり取り。


「お隣りさんが増えて、賑やかですわね」

 セラフィナイトの一言で、場が自然に整う。


(……収束する)


 オリエッタは影の中で観測を続ける。人数も要素も増えているのに、流れは崩れない。むしろ安定している。


 その中心にいるのは――


「おはようございます」


 ただの挨拶。それだけで、空気が整い、人の表情が緩み、流れが繋がる。

(……影響している)


 結論が静かに形を取る。


(任務、再定義。

一、リゼルの確保。

二、銀髪の少女の正体特定。

三、“渦”の解明)


 そして、最優先は――

(……二)


 リゼル単体ではない。

この少女を中心とした現象。それを見誤れば、すべてが狂う。


 モルディナがふと空を見上げる。

「……気のせいかしらね」


 だが警戒は消えていない。

(……厄介だ。あれは“気づく側”)


 だからこそ、崩さない。


 距離を保つ。気配を消す。観測を続ける。


 朝の光は完全に町を満たしていた。その中で、影だけがわずかに残る。


 そしてその影は、すでに任務の形を――静かに書き換え始めていた。


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