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徳を積みすぎたモブ願望の元聖女。 朝の挨拶で魔王が安眠し、なぜかお隣さんになりました!  作者: 黒武者
第一章 太陽の少女

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第22話 記憶少女とモブ少女

 セラフが足を踏み入れたその瞬間。


 パチン、と。

 乾燥した冬の枝が折れるような音が響き――


 一人の少女が、弾かれたように前のめりになって現れた。


「――っ!?」


 倒れ込む身体を、ヴォルガドが片手で軽く受け止める。


「……平気か?」


「……あ、ありがとうございます」


 途切れ途切れの息を吐きながら、少女は怯えたように周囲を見回した。


 淡い桃色の、ふわりと柔らかな髪。

 やや乱れた衣服。


 その瞳には、深い消耗の色が刻まれている。


 カトレアが即座に一歩前へ出た。


「貴女、大丈夫? 怪我はないかしら」


「……出られたの? 私……本当に、外へ……?」


 少女――リゼルの、絶望に満ちていた瞳が、

 目の前の光景に少しずつ焦点を合わせていく。


 モルディナが、魔道士の瞳を細めた。


「やはり、あの結界に閉じ込められていたのね」


「あ……転移に失敗して……気づいたら、あの中に。

 内側から出ようとすれば、何かに弾かれて……」


「内側からは決して破れぬ構造か。周到なことだ」


 ヴォルガドの低い声に、カトレアも眉を寄せる。


「高度な封鎖術式……。並の魔術師に扱える代物じゃないわ」


 そして。


 三人の視線が、吸い寄せられるように一箇所へ動く。


 そこには――

 いつも通りの穏やかな微笑みを湛えたセラフィナイトがいた。


「……セラフちゃん。貴女が、あの子を救ったの?」


「いいえ?」


 きょとん、と首を傾げる。


「ただ、朝のご挨拶を差し上げただけですわ」


 ――沈黙。


 カトレアの思考が停止し、

 モルディナが乾いた笑いを漏らし、

 ヴォルガドは「いつものことだ」と吐き捨てた。


 状況が飲み込めないリゼルの元へ、

 セラフィナイトがそっと歩み寄る。


「大丈夫ですか? 苦しくはございませんか?」


 慈愛に満ちた声。


 見上げたリゼルの瞳から、緊張がふっと消えた。


「……うん。不思議……

 なんだか、すごく安心する」


「よかったですわ」


 セラフィナイトは安堵したように微笑み、ぺこりと頭を下げた。


「初めまして。わたくし、セラフィナイトと申します」


「わ、私は……リゼル。

 リゼル、だと思う」


 どこから来たのか。

 自分は何者なのか。


 曖昧な記憶の中で、リゼルはセラフィナイトをじっと見つめる。


「……貴女を、ずっと探していた気がするの。

 ……思い出せないけれど、見つけた気がしたわ」


 セラフィナイトは、春の陽だまりのような温かな笑みを浮かべた。


「まぁ。では、当分はわたくしの家で、ゆっくりとお過ごしくださいませ」


「……いいのですか?

 こんな、どこの誰かも分からない、汚れた私を……」


「いいのよ。それがこの子の『流儀』なんだから」


 モルディナが呆れながらも、優しい声で口を挟む。

 ヴォルガドも異論はないと頷いた。


 カトレアも最後には、責任を持って分析すると宣言しつつ、

 その隣を歩くことを承諾した。


 洞窟の奥深くに滞留していた重苦しい淀みは、

 もうどこにもなかった。


 帰り道。


 セラフィナイトは一人、満足げに小さく拳を握りしめていた。


「やりましたわ……!」


「これで、わたくしの『モブ化』がまた一歩前進いたしました!」


 その唐突な宣言に、三人が同時に眉をひそめて振り返る。


 セラフは何かを頭の中で描いているのか、

 微笑みを浮かべたまま、その場で立ち止まる。


(これほど個性が強くて煌びやかな皆様が揃えば、

 わたくしのような地味なモブなど、もはや誰も気に留めませんわ。


 お隣さんが増えれば増えるほど、

 わたくしは背景の石ころのように目立たなくなる……

 完璧な計画ですわね!)


「ダメよ、セラフちゃん。

 そんなキラキラした子たちを周りに侍らせたら、

 益々人気者になっちゃうじゃない」


 モルディナが溜息まじりに釘を刺す。


「……ふふふ」


 セラフがハッとして笑い出す。


「……これは、ライバルが増えるわね。

 調査の手を緩めるわけにはいかないわ」


 カトレアは険しい顔で、

 しかしどこか焦ったように呟く。


「フン、モブか……。それは楽しみだな。

 これだけの面子が揃って、貴様が隠れ通せるものならやってみるがいい」


 ヴォルガドは嘲笑うように、

 だがその瞳には確かな興味を宿して言った。


 三者三様のツッコミも、

 当のセラフィナイトの耳には一切届いていなかった。


 彼女はただ、理想のモブライフに一歩近づいたと信じて疑わない。


 そんな四人のやり取りを、後ろから眺めながら――


 リゼルは。


(……ふふ。とっても暖かくて、楽しそうね)


 その感情が何なのか――

 彼女自身には、まだ分からなかった。


 失われた記憶の不安さえも溶かしていくようなその光景に、彼女はそっと、今日一番の穏やかな微笑みを浮かべた。


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