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徳を積みすぎたモブ願望の元聖女。 朝の挨拶で魔王が安眠し、なぜかお隣さんになりました!  作者: 黒武者
第一章 太陽の少女

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第21話 やさしい違和感と、見つけてしまったもの

 ノエルの家を後にして。

 四人は、ゆっくりと帰路についていた。


 住宅街の道。

 石畳に、やわらかな影が伸びている。

 昼下がりの光は穏やかで、どこまでも優しい。


 ――なのに。


 どこか、少しだけ空気が薄い。


「……思ったより元気そうでよかったわね」


 カトレアが、ぽつりと呟く。


 その声はいつも通り冷静だったが、ほんの僅かに力が抜けていた。


 モルディナも、軽く肩をすくめる。


「まあ、原因はだいたい分かったけどね」


 くすっと笑う。


 含みのある言い方。


「……?」


 セラフィナイトは、きょとんと首をかしげる。

 本当に分かっていない顔。


 その後ろで。


 ヴォルガドは、静かに歩いていた。


(……あの程度で体調を崩すとは)


 一瞬、思考を巡らせる。


(やはり、人の身は脆いものだな)


 だが。


 ほんのわずかに、視線を横へ向ける。


 セラフィナイト。

 変わらず、穏やかに微笑んでいる。


 歩幅も、呼吸も、何一つ乱れていない。


(……いや)


(あれは例外か)


 わずかに、口元が緩む。


 そのとき。


「……あら?」


 セラフィナイトが、ふと足を止めた。


 風が、ひとつだけ遅れて止まる。


「どうしたの?」


 モルディナが振り返る。


 セラフィナイトは、少しだけ首を傾げる。


「……なんだか」


 きょろきょろと周囲を見渡す。


 民家の壁。

 整えられた庭。

 遠くで聞こえる、子どもの笑い声。


 どこも、普通の風景。


 けれど――


「このあたり……少しだけ」


 一拍。


「寂しそうですわ」


 沈黙。


 カトレアが、すっと目を細めた。


「……寂しい?」


「ええ」


 セラフィナイトは、小さく頷く。


「さきほどまで、とてもやさしい空気だったのに……」


 足元を見る。


 石畳の継ぎ目。

 その影の“濃さ”を、確かめるように。


「ここだけ、ぽっかりと抜け落ちているような……」


 言葉を選ぶ。


「少し困った感じの……」


 モルディナの表情が、変わる。


 軽さが消える。


「……ちょっと待ちなさい」


 すっと手をかざす。


 指先から、見えない波紋のように魔力が広がる。


「――っ」


 わずかに、空気が震えた。風が、逆向きに流れる。


「……あるわね」


 低く呟く。


 今度は、はっきりとした確信を伴って。


 カトレアも、一歩前へ出る。


 瞳が鋭くなる。


「結界……ではない」


「でも、自然でもない」


 違和感の正体を、言葉に切り分ける。


 ヴォルガドが、静かに地面を見る。


 影の境界線。わずかに歪んでいる。


「……歪みか」


 その一言で、空気が少しだけ重くなる。


 名付けられたことで、“それ”は輪郭を持った。


 セラフィナイトは、ゆっくりと歩き出した。


「こちらですわ」


 迷いなく。


 まるで――導かれるように。


 足取りは軽い。

 だが一歩ごとに、周囲の静けさが深まっていく。


 三人が、その後を追う。


 住宅街の外れ。

 人通りが、少なくなる。


 洗濯物の揺れも、どこか遅い。


 草が、少しだけ伸びている。


 手入れされていないわけではない。

 だが、“気づかれていない”ような伸び方。


 そして。


「……ここ」


 セラフィナイトが、立ち止まった。


 そこには。


 やや大きめの岩がせり出している。

 影が深く、内側が見えない。


 一見すれば、ただの地形。


 だが――


 セラフィナイトは、迷わず反対側へ回り込む。


 そこにあったのは。


 小さな――穴。


 岩の隙間に、ぽっかりと開いた黒い空間。


 覗き込まなければ気づかないほどの、ささやかな入口。


 しかし。


 その奥は、光を拒むように暗い。


「……深いわね」


 モルディナが覗き込む。


 軽く言っているようで、その声は低い。


「自然にできたものじゃない」


 カトレアも、静かに言う。


 視線はすでに“構造”を測っている。


「魔力の流れが……おかしい」


 流れ込んでいるのではない。


 吸い込まれている。


 ヴォルガドが、一歩近づく。


 足音が、妙に重く響く。


 覗き込む。


「……ふむ」


 低く、笑った。


「面白い。結界か」


 その一言に。


 モルディナが眉をひそめる。


「楽しそうね、あんた」


「久しく、退屈していたのでな」


 あっさりと返す。


 カトレアが腕を組む。


「……放置はできないわね」


 すでに判断は固まっている。


 調査対象。危険度、不明。


 ――介入、前提。


 そのとき。


「まぁ……」


 セラフィナイトが、穴を見つめていた。


 その表情は、いつもと変わらない。


 ただ少しだけ――やさしい。


「……中で、誰かが困っているみたいですわ」


 沈黙。


 モルディナとカトレア。


 同時に、顔を上げる。


「……は?」


 理解が追いつかない。


 だが。


 ヴォルガドだけが、目を細めた。


「……ほう」


 わずかに、興味が深まる。


 風が、静かに吹き込む。


 穴の奥へ。


 その暗闇は。


 どこまでも、静かで――


 どこか、ひどく“寂しそう”だった。


 そして。


 ほんの一瞬だけ。


 誰もいないはずの奥から――


 かすかな“何か”が、こちらを見返した気がした。


 カトレアは細めた瞳で、闇の奥から響く微かな「音」を探っていた。


「……何かいるわね。それも、ただの獣じゃない」


 隣で腕を組むモルディナが、冷徹な魔女の瞳で空間をなぞる。


「ええ。しかも、徹底的に『閉じて』いるわ。重層的な高次結界ね。外敵を拒むというより、内側の何かを封じ込めているような、禍々しいまでの拒絶を感じるわ」


「内側からの生存反応もあるな。……だが、容易には通さぬという意志が見える」


 ヴォルガドが低く呟き、周囲の空気がわずかに張り詰めた。


 だが、その緊張感は一瞬で霧散する。


「おはようございます」


 場違いなほど澄んだ声。セラフィナイトが洞窟の闇に向かって、いつものようにぺこりと一礼した。


 その瞬間――。


 ――ピシリ。

 何かが、決定的にひび割れる音がした。


「……え?」


 カトレアが目を見開く。次の瞬間、世界を隔てていた透明な「壁」が、ほどけるように消滅していった。

「……嘘でしょ。今の挨拶で、あの高次魔法式を無効化したの?」


 モルディナが戦慄する横で、ヴォルガドは諦めたように肩をすくめた。


「……壊したな。礼儀という名の暴力で」


 当のセラフィナイトは、きょとんとしたまま首を傾げる。


「まぁ? 随分と風通しの良い洞窟ですわね」


 奥から漏れ出す淡い光に誘われるように、彼女は満面の笑みで三人を振り返った。


「では、参りましょう!

きっと素敵な出会いが待っていますわ!」


(くっ……その屈託のない笑顔には抗えぬ……!)

 カトレアは毒気を抜かれつつも、素早く剣の柄に手をかけた。


「待ちなさい! 危ないから私が先に行くわ!」


「ちょっと待ってよ、露払いなら私の役目でしょ! ね、セラフちゃん?」


 モルディナが平然と割って入り、魔王が冷ややかにツッコむ。


「フン、いいところを見せようと必死だな。

では、……セラフ、余の後ろに隠れていろ」


「ダメよ、貴方の後ろじゃ何も見えないわ! 私が隣で護るんだから!」


「くっ!」

(また始まったわ、この二人……)


 カトレアが呆れる中、セラフィナイトは楽しそうにモルディナの影へと回り、そのドレスの裾をちょこんと掴んだ。


「では、参る!」


 カトレアを先陣に、一行は暗がりの奥へと足を踏み入れた。


 足音が石壁に反響し、コツ、コツと規則的なリズムを刻む。


 ひんやりとした空気が肌を撫で、湿度が上がっていく。


「湿気を感じるわね……地下水が近いの?」


 カトレアの問いに、ヴォルガドが壁に触れながら首を振った。


「いや、違う。これは魔力の『淀み』だ。行き場を失った力が滞留している。……やはり普通ではない」

 警戒を強める一同。その時、再び場違いな声が響いた。


「おはようございます」


 セラフィナイトが、道の脇にひっそりと生えた小さな苔に向かってぺこりと頭を下げた。


 直後、ふわり、と。


 暗闇の中で苔たちが淡い燐光を放ち始めた。


「……は?」

 カトレアが振り返ると、光の帯が先へと続いていく。まるで、少女の挨拶に応えて道を案内しているかのように。


「光源に反応したわけじゃない……わね」


「挨拶したからだな」


「意味が分からないわ!」


 モルディナの分析に、ヴォルガドが即答し、カトレアが絶叫する。


 セラフィナイトだけが「足元が見やすくなりましたわ」とにこにこ笑っていた。


 やがて、道が開け、巨大な空洞へと辿り着く。


 その最奥。氷のように透き通った、しかし強固な障壁が、一人の人影を閉じ込めていた。


「……ここね。幾重にも重なった魔法式……外からの干渉を完全に遮断しているわ。普通に破れるものじゃないわね」


 モルディナが手をかざし、その精密さに舌を巻く。

 だが、その横をセラフィナイトがすり抜けた。


「おはようございます」


「待ちなさい!!」


 カトレアが叫ぶより早く、彼女は結界の前に立ち、そっと手を合わせた。


「どうか――お目覚めになれますように」


 祈り。ただそれだけ。

 次の瞬間、澄み渡るような音が響き、氷の表面に無数のひびが走った。


 ――パリン。


 結界は音を立てて崩れ落ち、砕けた光が空気に溶けていく。


 三人、完全停止。


「……意味が分からない。理屈がどこにもないんだけど?」


「理屈は不要。慣れるんだな」


 呆然とする彼らの前で、結界の奥からかすかな声が漏れた。


「……ぁ……」


「まぁ!」


 セラフィナイトがぱっと顔を輝かせ、無防備に一歩踏み出す。


「「待ちなさい(待て)(セラフちゃん)!!」」


 三人の怒声に近い制止に、彼女は不思議そうに振り返った。


「はい?」


 カトレアは額を押さえ、モルディナは肩を落とし、ヴォルガドは確信した。


(この子に『警戒』という言葉を教えるのは無理ね……)


「では、ご一緒に参りましょう。お隣りさんが増えるかもしれませんわ」


 そう言って笑う彼女に、三人は顔を見合わせ、深く、長く、ため息を吐いた。


「……行くわよ」


「仕方ないわね」


「最初からそのつもりだ」


 こうして四人は、「閉ざされていたもの」の正体を見届けるべく、その先へと足を踏み入れた。



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