第23話 記憶の欠片と、来訪者たち
柔らかな光が差し込む部屋。
簡素だが、どこか落ち着く空間の中で、
リゼルはベッドに身を預けていた。
身体は軽い。
けれど――
頭の奥に霧がかかったような感覚だけが、消えない。
「……ここは……」
ぽつりと呟いた、その時。
――コンコン。
控えめなノックの音。
「あら?」
セラフィナイトが、小さく首を傾げる。
扉を開けると、そこに立っていたのは――
「様子を見に来たわよ」
モルディナだった。
腕を組みながらも、その視線は明らかに心配の色を帯びている。
「まぁ、モルディナさん」
「無茶する子がいるって聞いたからね」
ちらり、とリゼルを見る。
「……少しは落ち着いたみたいね」
その言葉に、リゼルは小さく頷いた。
「はい……あの……ありがとうございます」
「礼なんていいのよ。助けたのはこの子だし」
顎でセラフを示す。
セラフは、にこりと笑った。
その時。
「――入るぞ」
間髪入れず、低い声。
当然のように扉が開き、ヴォルガドが現れる。
「ちょっと、ノックくらいしなさいよ」
「したところで開けるのは同じだ」
軽く言い返しながら、室内へと視線を向ける。
そして。
ベッドの上のリゼルを、じっと見た。
「……どうだ」
一拍。
「何か、思い出せたか?」
静かな問い。
リゼルは少しだけ目を伏せる。
「……いいえ。まだ……」
「そうか」
それ以上は踏み込まない。
ただ、それだけで会話を切った。
その距離感が、どこか優しかった。
そして――
もう一つの気配。
「……やっぱり来てるじゃない」
扉の外から、呆れた声。
カトレアだった。
腕を組み、明らかに不満そうな顔。
「呼んでないわよ」
「貴女もでしょうが」
「私は最初から来るつもりだったのよ」
「それを“呼ばれてない”って言うの」
ぴり、とした空気。
だが。
「カトレアさん」
セラフィナイトが、やわらかく声をかける。
「どうぞ、お入りくださいませ」
一瞬の沈黙。
カトレアは小さく息を吐いて――
「……仕方ないわね」
そう言って、部屋へ入った。
そして。
彼女の視線が、自然とリゼルへ向けられる。
顔立ち。気配。魔力の流れ。
順に観察し――
ふと。
「……?」
ぴたり、と止まった。
視線が落ちる。
リゼルの衣服。
胸元に刻まれた、繊細な紋様。
それを見た瞬間――
ほんのわずかに、眉が動いた。
「どうしたの?」
モルディナが気づく。
カトレアは、わずかに考え込むようにして言った。
「……どこかで見たことがある気がするのよ」
「その模様」
リゼルが、自分の服を見下ろす。
「……これ、ですか?」
「ええ」
近づいて、じっと見る。
「かなり古い様式……」
「ただの装飾じゃないわね」
一拍。
「どこかの……“仕える者”の証に近い」
静かな分析。
だが。
「……思い出せない」
小さく首を振る。
「記憶が曖昧だわ」
モルディナが肩をすくめる。
「珍しいじゃない、貴女が曖昧なんて」
「専門外よ。これは歴史寄り」
「でも、引っかかってるんでしょ?」
「……ええ」
カトレアは、もう一度だけ模様を見る。
まるで――
何かが、そこに眠っているかのように。
その視線を受けて。
リゼルの胸の奥が、かすかに揺れた。
(……なんだろう……)
(この感じ……)
けれど、それは形にならない。
掴もうとすれば、霧のように消えていく。
その様子を見て、セラフィナイトがそっと微笑んだ。
「大丈夫ですわ」
やさしい声。
「きっと、思い出すべき時に思い出せます」
その言葉は、不思議とすとんと胸に落ちた。
「……はい」
リゼルは、小さく頷いた。
部屋の中には、穏やかな空気が流れていた。
けれど――
確かに、何かが動き始めていた。
まだ誰も知らない、“記憶”の扉が。




