第二十六話:聖女の値段と、買われた副団長
1. 教会からのクレームと、魔王の即断
執務室で、エリアスは教会からの書状に目を通していた。 『聖女アリス・ミルトンの結婚相手がクラウス・バーニエ子爵とは何事か。聖女の品位に関わる』 要は「下級貴族に尊き聖女を嫁にやる気はない!」という、怒りと拒絶の文書であった。
「……くだらない。品位? アリスにそんなもの求めてどうする」
教会のいう聖女の品位など、知ったことではない。僕とリリアの愛の生活の平穏に勝る重要事項など、この世に何も無いのだ。
「まあいい。『肩書き』が足りないなら、つければいいだけだ」
エリアスはペンを取り、サラサラと辞令を書く。 『クラウス・バーニエ子爵を、本日付で公爵家騎士団・総団長に任命する』
「よし。これで文句あるまい。国内最大戦力を有する我が騎士団のトップだ。王家の近衛隊長より格上だぞ」
ここまで譲歩してやったのだ。教会の司祭どもには、必ず首を縦に振ってもらおう。 愛に生きる魔王、エリアスの辞書に『不可能』の文字はないのである。
◇◇◇
2. ベルク副団長との「悪魔の契約」
呼び出されたのは、実務能力カンストの騎士・ベルクだった。 ちなみに御年32歳、みずがめ座。妻一人子供五人の大家族を支える大黒柱だ。
「ベルク。お前を副団長に任命する」
「はっ! 光栄です! ……で、団長はどなたで?」
「クラウス・バーニエ卿だ。だが、彼はメインの業務で忙しい。 だから、団長の業務も含めた『全実務』をお前がやれ」
クラウスが騎士団総団長になったといっても、彼のリソースはリリアの護衛兼アリスの世話係に割かれている。 つまり、――業務はすべて副団長が行わなくてはならない。
「……はい? それは、死ねと?」
ベルクは即座に拒否の姿勢を見せた。 冗談ではない。私には愛する妻と、育ち盛りの五人の子供がいるんだ!
「給料は現在の3倍だ。 さらに、季節ごとの特別ボーナス、子供たちの学費支援、最高級の胃薬『ハイ・ポーション』の現物支給をつける」
――チーン!
カンストしているベルクの事務能力脳が、業務負荷と給料の比較検討を一瞬ではじき出した。
「……長男の学費、次女のドレス、三男の剣の稽古代……すべて、解決可能……!」
走馬灯のように家族の笑顔が浮かんだ。 ああ、私の人生は妻とあの子達のためにあるのだ。――何と素晴らしい献身(犠牲)であろうか。
「閣下、謹んでお受けいたします!! 胃袋の壁が溶けるまで働かせていただきます!!」
金に魂を売ったベルクの真摯な顔を、エリアスは黒い笑顔を浮かべ満足げに眺めるのだった。
◇◇◇
3. クラウスへの通達
続いて、クラウスが呼び出される。 エリアスから手渡された辞令を見て、彼は眉をひそめた。
「……騎士団総団長、ですか? 身に余る光栄な人事ですが、丁重にお断りします。アリス様の管理だけで手一杯です」
「安心しろ。実務は全てベルクがやる。 お前は『名前』だけ貸しておけ。 ……それとも、教会にアリスを連れ戻されてもいいのか?」
地獄の沙汰も金次第。どうやらあの有能な事務官・ベルクは、エリアスに魂を売り渡したらしい。
「……チッ。汚いやり方ですね。 わかりました。引き受けましょう」
(ベルク副団長……すまない。今度、アリス様の選んだ菓子でも差し入れよう)
心の中で、見えぬ戦友にそっと手を合わせるクラウスであった。
◇◇◇
4. 教会の陥落と結婚式
「騎士団長」の肩書きと、エリアスの根回し――という名の、司祭たちの身の安全を担保にした圧力――により、教会はあっさり手のひらを返した。いつものことである。
そして、王都の大聖堂にて、盛大な結婚式が行われることとなった。 聖女とグランヴィル公爵騎士団総団長との婚儀であり、王都を挙げての祭りとなる。
二人の門出を祝うように空は晴れ渡り、天高く太陽が祝福に満ちた街を照らす。 人だかりの出来た大聖堂前に豪奢な馬車が到着し、純白のドレスを纏ったアリスと、騎士団の盛装姿のクラウスが姿を現した。
衆人の祝福の元、幸せそうなアリスと、花嫁しか目に入っていないクラウスは祭壇へと進む。
「ふん、僕たちの結婚式には及ばないが、まあまあの出来だね」
来賓席の最前列にいたエリアスが、まんざらでもない表情で頷いた。 その様子に隣りにいたリリアが小さく笑みを漏らす。
(エリアスが全部手配したくせに……)
街中に響き渡る祝いの鐘の音の中、アリスとクラウスは誓いの言葉とキスで、永遠にともにあることを誓うのだった。
――その後。 結婚披露パーティの会場の片隅で、死んだ魚のような目をしたベルク副団長が、胃薬を片手に満足げに料理を食べる姿が目撃されたという。
「……美味い。このフォアグラを持って帰って子供たちに食わせたい……。明日からも書類の山だけど、頑張ろう……」
こうして、一人の犠牲の上に、二人の幸せな結婚生活は幕を開けたのであった。




