第二十三話:逆鱗と自覚
「リリア様に最高に似合う髪飾りを選びたいんです!」
事の始まりはそんなお願いだった。いつもお世話になっているお礼にリリアに贈り物をしたいので買い物に付き合ってほしいとアリスはクラウスに頼んだ。
たまたま翌日が非番でアリスとクラウスは二人で街に出かけることにした。
(うぅ……どうしよう。クラウスが……カッコよすぎる……!)
隣を歩くクラウスは、いつもの堅苦しい騎士服ではない。 前髪を下ろし、白いシャツの襟元を少し開けた姿は、まるで小説から抜け出してきた貴公子のようだ。 すれ違う女性たちが、「今の見た?」「素敵ね……」と振り返っていく。
「……あの、クラウス。もう少し地味に歩けませんか?」
「? どういう意味です? 普通に歩いていますが」
「普通じゃないです! フェロモンが出すぎてます! 道行く女性がみんな貴方を見てるんですよ!?」
「おや。それは困りましたね。 では、『僕には連れがいます』と分かるように、こうしましょうか」
クラウスは自然な動作でアリスと手を繋ぎ、その腰に手を回して引き寄せる。
「ひゃぅっ!? ち、近いです……!」
「離れないでくださいね。 ……僕も、他の男が貴女を見るのが不愉快なので」
アリスは、目立つ金髪を隠すために、大きめのつば広帽子を被り、清楚なワンピース姿で、髪を少しアレンジしていつも以上に可愛かった。
すれ違う男たちが、「おい見ろよ、すげぇ美少女」「天使か?」と振り返り、あわよくば声をかけようとしている。
(……チッ。どいつもこいつも、人の聖女をジロジロと。眼球をくり抜かれたいのか?)
「……仕方がありません。 『この聖女は、僕の管理下だ』と、周囲に分からせないといけませんね」
クラウスは、アリスの腰に回した手に更に力を入れ、自分の身体にピタリと引き寄せる。 そして、周囲の男たちに向けて氷点下の殺気を放つ。
「ひゃぅっ!? だ、だから近いですってば……!」
「離れませんよ。 ……いいですか、僕だけを見ていてください。 僕も、貴女しか見ていませんから」
真っ赤になって抗議するアリスの耳に顔を寄せ、クラウスはそっと囁いた。
「!!」
◇◇◇
「ありがとうございました」
カラン、カラン――
噴水広場近くの雑貨屋からアリスが出てくる。
手には可愛らしくラッピングされた髪飾り。リリアへのプレゼントを買うことが出来、その足取りは軽かった。
「クラウス、お待たせです!」
「プレゼント無事に買えたようですね」
「はい! 素敵なのを見つけられました」
「よかったですね」
笑顔のアリスを見てクラウスも満足げな笑みを浮かべた。
「あら? 誰かと思えばクラウスじゃない」
二人の前に、派手なドレスを着飾った女性と、気障な男が近づいてきた。
「相変わらず、そんな安っぽい服を着て……。 まだ『騎士ごっこ』を続けているの?」
「……やあ、マリー。久しぶりですね」
(……あんなに派手な化粧をしていたかな。香水の匂いがキツイ)
軽く顔をしかめてクラウスは挨拶をする。
寄りによってこんな時に会うとは、間が悪いとしかいいようがなかった。かつての婚約者マリーとその結婚相手である伯爵家三男ランドルフだった。
「ふふん。私はランドルフ様と結婚して幸せよ。 貴方を選んでいたら、今頃は今日のパンにも困る生活だったでしょうね。 ……で、そこの地味な子は新しい彼女? お似合いね。『売れ残りのパン』同士でお幸せに」
マリーが甲高い声で嘲笑う。
クラウスはかつての自分の女を見る目の無さにウンザリしそうになった。今となっては、結婚しなくて本当に良かったと思ってしまう。
気位の高いマリーの言動でアリスが傷つかないよう庇おうと一歩前へ出るが――。
「……待ちやがれです」
「は?」
アリスが、クラウスの腕を振りほどいて前に出る。 その瞳は、怒りで爛々と輝いていた。
「貴女、マリーさんと言いましたね? ……パン? パンですって? 貴女、目玉の代わりにドライフルーツでも詰まってるんですか!?」
「な、なによ失礼な!」
「よくお聞きなさい! 貴女が捨てたこの方は、ただのパンなんかじゃない! 最高級の小麦と、極上の蜂蜜と、たっぷりの愛で練り上げられた『奇跡のパティシエ(のような騎士)』なんですよ!!」
(パティシエ……?)
アリスの意図を理解できないマリーとランドルフがぽかんとする。
「貴女は『パン』を選んだつもりでしょうが、大間違いです。 貴女は『ただのパサパサのパンの耳』を選んで、この『極上のウェディングケーキ』をドブに捨てたんです!! 後悔しても知りませんからね! バーカバーカ!!」
「き、キーッ!! 何よこのアマ!!」
「……くっ、ふふ……っ」
クラウスは、堪えきれずに吹き出す。 周囲の人々も、あまりの剣幕と謎の比喩に唖然としつつも、次第にアリスの味方をするような空気になっていった。
周囲から「パンの耳だって……」「見る目ないねぇ」とヒソヒソ笑い声が聞こえてくる。クラウスとランドルフ、二人の客観的評価が端的に現れていた。
「ふん。顔を隠してるってことは、よっぽど見られたくない顔なんでしょうね。 日陰がお似合いの地味な女!」
「……地味? 日陰?」
アリスの中で何かが切れる音。 彼女は一歩踏み出し、邪魔だとばかりに帽子の縁に手を掛ける。
「……よくお聞きなさい、パンの耳女!!」
バサァッ――!!
アリスが勢いよく帽子を脱ぎ捨てると、隠されていた「太陽の金髪」が光を浴びてキラキラと溢れ出す。 その神々しいまでの美しさと、国民なら誰もが知る「聖女」の姿に、周囲の空気が凍りつく。
「え……き、金髪……? 嘘……その顔、まさか……アリス、様……?」
「おい見ろよ! あれ、聖女アリス様じゃないか!?」 「本物だ! なんでこんなところに!?」
「私が誰かなんてどうでもいいです! 重要なのは、貴女の目が『節穴』だということだけです!!」
「ひぃッ!? せ、聖女様に暴言を吐いた!? 処刑!? 公爵家に消される!?」
今までの威勢の良さはどこへやら、マリーはガタガタと震え上がり、腰を抜かす。
「……アリス様。帽子を取ったのは勇ましかったですが、正体がバレましたよ」
「あっ!? し、しまった! 忘れてました!」
正体がバレてしまったことで、今度は群衆がと集まってきてしまった。
「うおおお! 聖女様ーーッ!!」
「……やれやれ。 しっかり捕まっていてください。強行突破しますよ!」
クラウスがアリスを抱き上げて、その場から走り出す。 キャーキャー言いながら走る二人の背中は、どう見ても「愛の逃避行」だった。
ムスッとしながら、無言でギュッとしがみついているアリスにクラウスは表情が緩んでしまう。走りながら、笑い出したい気分だった。
(……本当に可愛いな。怒っている理由が「僕のため」だというのが、たまらなく愛おしい。 人生、最高だな)
◇◇◇
公爵邸に無事戻り、アリスは早速、リリアにプレゼントを渡しに向かった。
いつものお礼にとプレゼントをリリアに渡して喜んでもらえたというのにアリスの表情は冴えなかった。
「どうしたの? クラウスさんと喧嘩でもした?」
私室のソファで正面に座り、紅茶を飲みながらリリアが尋ねると、アリスは小さく頭を振った。
「違うんです……クラウスの元婚約者に会って……私が勝手に怒っちゃって……」
いつもの元気良さはどこへやら。シュンとしてぽつりぽつりと話し始める。
「クラウスは笑って流していたのに、私だけが許せなくて……悔しくて……。あんなに素敵な人なのに……どうして……っ」
思い出してアリスはとうとう泣き出してしまった。
(あらあら、これは完全に恋に落ちたわね)
ハンカチを渡しながら、リリアはアリスの変化を微笑ましく思った。
(アリス、それって、『愛する人』への独占欲って言うのよ?)
「ふふ。……貴女にとって、クラウスさんはもう『ただの護衛』じゃないのね」
そう言って、横に座りアリスの髪を優しく撫でながら、慰めるのだった。
◇◇◇
しばらくして、アリスは泣き止んだ後、リリアの部屋を後にした。
一人で廊下を歩きながら反芻する。
(ただの護衛じゃない……?)
リリアの言葉が引っ掛かり、足を止める。
「私、クラウスのこと……」
今日一日の記憶が頭をよぎった。クラウスと繋いだ手、守ってくれた背中、優しい目が鮮やかに思い出される。
「……す、す、好きーーーーっ!?!?」
顔を真赤にして、その場にしゃがみ込んでしまう。
(ど、ど、どうしよう!? 私、クラウスのことが好き、なのっ!?)
「む、無理無理! 好きとか意識したら顔見れない! 触れない!」
クラウスの顔を頭から追い出すように両手を頭の上でぶんぶん振り回す。
「そうだ、仕事! 聖女の仕事に没頭して忘れよう!」
うんうんと頭を縦に振ると、立ち上がって急ぎ足で自室に向かうのであった。
◇◇◇
爽やかな朝日が差し込む廊下。 クラウスは上機嫌だった。昨日の「逃走デート」の余韻がまだ残っている。
(……昨日は最高だったな。 アリス様のあの啖呵、そして僕にしがみついていた温もり。 ……さて、今日は朝一番に、昨日の礼を言わなくては)
角を曲がると、ちょうどアリスが部屋から出てくるところだった。
「おはようございます、アリス様。昨夜はよく眠れまし――」
「ひゃっ!? ク、クラウス!? お、おはようございます! わ、私、急ぎの用事があるのでっ!!」
アリスはクラウスの顔を見た瞬間、顔を真っ赤にして脱兎のごとく走り出した。
「えっ……あ、ちょっ……アリス様!?」
パタン! と医務室のドアが閉ざされる。 取り残されたクラウスは、虚空に伸ばした手をゆっくりと下ろす。
「……は?」
爽やかな朝の空気が、一瞬にして凍りつく。
「……なぜ? 昨日はあんなに可愛く手を繋いでくれたのに? 照れ隠し? いや、あの逃げ方は本気だ。 ……解せぬ」
廊下にぽつんと残された、公爵夫人の護衛騎士(現在、思考回路ショート中)。 これが、長い長い「お預け期間」の始まりだった。




