第二十二話: 弱音とバードキス
アリスは、リリアの部屋に向かう途中、廊下の柱の影に潜んでいた。何処かにリリアの落とし物がないか探すためだ。
そこへ、休憩中の騎士たちが通りかかり、立ち話を始める。
「おい、見たか? 最近のクラウスのやつ」
「ああ。あの『暴走聖女』様のお守りだろ? よくやるよなぁ。俺なら三日で胃に穴が開くぜ」
(むっ。誰が暴走聖女ですか。失礼な。 後でこの者たちの靴の中に、激辛スパイスを入れておきましょう)
アリスは当初、自分の悪口だと思ってイライラしていたが、話の矛先が変わる。
「でもよ、あいつには丁度いい荒療治なんじゃないか? ほら、あいつ……あの件以来、ずっと『女なんて信用しない』って感じで枯れてたし」
「ああ……『金目当ての婚約破棄』の件か。 あれは酷かったよなぁ。 学生時代からずっと付き合ってて、結婚間近だったのに……相手の女、『伯爵家の三男』に乗り換えたんだろ?」
(……はい? 婚約破棄? 乗り換え?)
「そうそう。最後に『愛じゃパンは買えないでしょ?』って捨て台詞を吐かれたって。 そりゃあ、女性不信にもなるわな。 だから、聖女様みたいな『裏表のない』相手の方が、案外気が楽なのかもな」
「違いない。お似合いかもな」
騎士たちは笑いながら去っていく。
(あの淡白で落ち着いているクラウスに、そんな過去が?)
後に残されたアリスは、呆然としていた。
(ああ、だから彼は、私の『聖女の容姿』を見ても媚びてこなかったんですね。 女性を『計算高い生き物』だと思って警戒していたから……)
最初に会った時の事を思い出す。他の騎士と違って、アリスに淡々と話しかけてきたのだった。
(……ふざけていますね。 パン? そんな粉っぽいもののために、あんなに便利な男を捨てたのですか? その女は、目玉が節穴なのでしょうか?)
アリスは見たこともない『元婚約者』に何故か怒りがふつふつと湧いてくるのを感じるのだった。
◇◇◇
日が暮れ始める頃、アリスは庭園の片隅で実家から定期的に届く手紙を読んでため息を付いた。
「また、『金を送れ、公爵に紹介しろ』ですか……」
うんざりするくらい毎回毎回同じ内容だった。無理だと返事しても全く意味がない。
「娘なんて、商売の道具くらいにしか思ってないですよね」
「アリス様、どうかしたんですか?」
通りかかったクラウスが心配して声をかける。アリスは虚ろな目でクラウスを見ると、「財布」を取り出した。
「……なんですか、その目は。 ああ、貴方も『迷惑料』が欲しいんですね? いいですよ、いくらですか? 金貨一枚で足りますか?」
アリスは、震える手で金貨を差し出す。 「こうすれば大人は喜ぶんでしょう?」という諦めと、拒絶されることへの恐怖が混ざっている。
クラウスは、小さくため息を付いて、アリスの手を優しく包み込み、金貨を押し戻す。
「……アリス様。僕を、貴女のご両親と一緒にしないでください」
「……あれ? クラウス?」
「僕だと気づいてなかったようですね」アリスの目の焦点が合ったのを見て、クラウスはほっと息をつく。
「金貨なんて冷たいもの、食べられないでしょう? ……厨房で、温かいスープをもらってきました。 今の貴女に必要なのは、こっちです」
クラウスは、湯気の立つスープをアリスの手に握らせる。
「僕の実家では、落ち込んだ時はこうするんです。 ……対価はいりません。 強いて言うなら、『美味しかった』という笑顔だけで十分です」
「……っ、う……バカじゃないんですか……。 こんな安っぽいスープで……っ」
アリスはスープを一口飲んだ。その優しい暖かさが染みて、その頬を涙が一筋伝って落ちた。
それが、彼女が初めて知った「家庭の味」だった。
ゆっくり全部飲み干すと、アリスは、くしゃくしゃにしてしまった実家からの手紙を手に取った。
「……クラウスは凄いです。過去に辛いことがあったのに、立派で……。 私なんてダメですね。 お父様の言う通り、愛想笑いだけが取り柄の『お人形』で……。 クラウスみたいな立派な人の隣にいる資格なんて、最初から――」
「……アリス様」
低い声が、アリスの言葉を遮る。 アリスが顔を上げると、そこにはいつもの冷静な瞳ではなく、静かに燃える「怒り」と「熱」を孕んだ瞳があった。
「……それ以上、その口で自分を貶めるなら。 僕にも考えがありますよ?」
「え……? んっ!?」
チュッ、――クラウスの顔が近づいたかと思ったら、アリスの唇に柔らかな感触が触れた。
温かで優しいバードキス。
一瞬の出来事に、アリスの時が止まる。 離れた唇。目の前には、少しだけバツの悪そうな、でも決して後悔はしていない男の顔。
「……お人形? 道具? そんなつまらないものに、僕がこれほど執着するとでも?」
クラウスの指が、アリスの涙をぬぐう。
「貴女を傷つけていいのは、世界で貴女自身だけじゃない。 ……ましてや、顔も知らない家族になど、僕の聖女を泣かせる資格はない」
「……ぼく、の……?」
「ええ。貴女は今日から、僕が管理します。 ……文句は言わせませんよ?」
言葉はいつも通りの優しさだったが、クラウスの瞳には強い感情が見え隠れしていた。
本作は第二部・アリス編に突入しておりますが、続けて日間ランキング146位にランクインできました!皆様の温かい応援に、心から感謝申し上げます。
アリスとクラウスの恋物語も引き続き楽しんで頂けて嬉しいです!
別作品も合わせてご紹介を。
①『不貞腐れ令息』完結!
無口な彼が裏で何を画策しているのか……。3/1の日曜夜に「完結」しました!
全8話、エンドマークまで一気読みして頂けますので、よろしくお願いします。
早速、評価&応援して頂けて嬉しいです!
本文下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援いただけると、今後の執筆も捗りますので、是非よろしくお願いします。
「断罪された悪役令嬢は、不貞腐れの貴族令息の幸せをつかむ」
https://ncode.syosetu.com/n1659lv/
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『「可愛げがない」と婚約破棄された公爵令嬢、放蕩王子の管理を行っていたら、なぜか溺愛されています。~どうやら私の無自覚なコマンドは、彼にとって劇薬だったようです~』
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今回は「Dom/Subユニバース」という特殊な絆を描く、全14話・34,000文字の濃密な物語です。
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