49:湖畔の街マグルリーチ
北方の山脈から流れる大河は幾本もの支流と共に南へと向かっている。
リッツエルデ王国にはいくつもの川が流れているが、その中の一つは北部の山地にある湖に流れ込み、そこからまた平野部へと続いて行く。
山間部にあるその湖は【ソニア湖】と呼ばれていた。
賢者マーグリッドが愛した人の名前を付けたとか何とか。しかしマーグリッドは余生をこの地で孤独に過ごしていたらしいので、その噂も適当に作られた嘘なのだろうとも言われている。
実際のところどうなのかは誰も知らないが、とにかく【ソニア湖】に隣接するように街は築かれ、湖を望む丘にある研究施設(今では【賢者マーグリッドの遺跡】と呼ばれるもの)を保護すると同時に、保養地として観光名所化しているのが現状である。
それが【湖畔の街マグルリーチ】。俺たちの目的地だ。
【橋の街ストンブリッジ】を出立した俺たちは馬車に乗って【湖畔の街マグルリーチ】を目指した。
計四日の馬車旅となるのだが、実際のところそこまでの距離はない。少なからず山を登るので、馬車でも行けるよう街道が大回りをしているせいだ。
となればわざわざ馬車で街まで行くこともないだろうと、俺たちは三日目から歩いて街を目指すことにした。馬車に乗ったのは二日だけだ。そこからは徒歩で進む。
馬車旅があまり好きではないというのが俺の本心なのだがみんなにそんなことは言えない。
ただ、歩いて行っても時間的には変わらないし、途中で狩りをしながら進めるというのが大きい。
俺たちはレベル上げも熟練度稼ぎもしなければいけないからな。
これからの予定を考えても、ここら辺で稼いでおかなくてはいけないのだ。
どうせ街中のサブクエや冒険者ギルドの依頼でこの周辺の魔物のドロップアイテムは必要だしな。あとで狩るのは決定しているので先に狩ってもいいだろう。
「依頼を熟すのは分かったが、稼ぐ必要があるということは近々強敵と戦う予定があるということだな?」
「さすがフゥガだな。いつもやっているように【マグルリーチ】でも街の依頼を熟すつもりなんだが、その中に強い魔物を斃すタイプの依頼があるんだ」
「何とも無茶な依頼だな。困っているなら冒険者ギルドに依頼すればいいだろうに」
「今までの街でも実はあったんだ。でもレベル的に安全とは言えなかったから避けていたんだよ」
分かりやすいところで言えば「【アディエラ山林】にいる〇〇の素材が欲しい」とかだな。
【アディエラ山林】の推奨がLv50とかLv60とかなのに行けるわけがない。だから依頼人と接触する必要もないということだ。
だが【マグルリーチ】ではそういった依頼もなるべく熟そうと思っている。
今のレベルで十分と判断したから、というわけではない。
そういった魔物を斃すことでレベル上げに活用したいと思っているからだ。
「最終目的は【賢者マーグリッドの遺跡】の踏破なんだが、遺跡はダンジョンみたいになっててな。その最奥にはボスがいて、そいつを斃すためにレベルを上げる必要がある。その為に周辺の強い魔物を狩ろうかと」
「ちょっと待て。国が保護している遺跡なんだろ? ダンジョンなのか?」
「元は賢者の研究施設なんですよね?」
「理由は分からないが、とにかく【賢者マーグリッドの遺跡】っていうのは二十階層にも及ぶ巨大ダンジョンなんだ。で、最奥には賢者が作ったと思われる防衛用の魔法生物がいる」
「まじかよ。賢者ってとんでもねえな」
賢者がダンジョンの研究をしていて施設をダンジョン化したか、研究資料を守るために魔物を引き込みダンジョン化したのかは分からない。
少なくともゲーム内で研究資料などを読むことはできないので何とも言えないが、地下二十階には賢者の住処とも言える研究所があり、その前には防衛装置のごとく魔法生物が立ちはだかっている。
それを斃さないとカリンの装備が手に入らないんだよな。だからどうしても踏破したい。
「そんなわけでレベル上げと熟練度稼ぎは余計に必要だし、その為にも【マグルリーチ】には長期滞在するつもりでいる」
「なるほど。だから道中でも狩る必要があるわけですね」
「そういうこと。まぁ実際は遺跡内でのレベル上げが主になるとは思うけどな。その前に周囲の魔物や依頼の強い魔物を狩っておこうかということだ」
「承知しました。やはりジェイル様は先見の明をお持ちなのですね」
そうした計画を話しつつ、俺たちは魔物を狩りつつ【マグルリーチ】を目指した。
わざと街道を外れ、森の中に入るようにして緩やかな山を登る。
山と言っても丘陵と盆地が合わさったような地形なのだ。リッツエルデ王国でそこまで高い山なんてないからな。
【マグルリーチ】が保養地だから馬車道を作るための街道を作っているわけだが、そのせいで遠回りが必要となり街道は余計に長くなっている。
俺たちのように森を分け入って徒歩で登ったほうが幾分か早く着くだろう。
まぁ当然のように森には魔物が出るし、一般人が同じような真似などできないだろうが。
やがて木々の隙間から見えてきたのは緑に囲まれた湖だ。日の光が反射した水面は白く輝いているようにも見える。
大自然が創り上げた神秘的な景色(実際作ったのはゲーム制作陣だろうが)とそれに隣接する人工的な街並みは、高い建物もなく屋根の色合いも淡い色で統一されているため、調和された一体感がある。
これまでも「ゲームの時にも見ていた景色」を実際に見て感動することはあったが、【ソニア湖】と【湖畔の街マグルリーチ】はまた別格だ。
「おお……これはずっと見ていたくなるような景色だな」
「国有数の保養地というのも分かりますね。山の中にある街なのにとっても大きくて綺麗です」
「向かいの丘陵にあるのが賢者の遺跡か」
「賢者はこの景色が好きだったから湖を眺められるこの場所を選んだのかもな」
「だったら地下二十階なんかに引き籠るんじゃねえよ。って言うのは野暮か」
フライヤの言いたいことも分かる。
マーグリッドが何を思ってここに研究所を設け、何を思ってダンジョン化させたのか。
もしかしたら最下層の研究所には日記のようなものがあって、その真意を知ることができるかもしれない。
そう思うと気分も高揚するのだが、俺の場合は「ゲームでは語られなかった歴史と知識」が嬉しいだけだからな。我ながら不純なものだとは思う。
きっと国の要人や考古学者、魔法学者は俺以上に賢者の真意を追い続けているのだろう。
まぁ美しい光景とは裏腹に、周りにいるのは強い魔物と凶悪なダンジョンボスなんだけどな。
そんなことを頭の片隅に置きつつ俺たちは【湖畔の街マグルリーチ】に辿り着いた。
◆
【湖畔の街マグルリーチ】はリッツエルデ王国の民がバカンスに訪れたり、観光地としても名高い場所だ。
大都市というほど人が混みあっているわけではないが、そこそこ人波はある。
通りに面した店は主張が激しく、それもまた観光地であるが故だろう。看板も大きく、呼び込みの声も多い。
しかし街全体で見れば落ち着いて平和的な街だと言えるだろう。
屋根の色合い、広い通り、街行く人の様子、様々なものがここを保養地だと言わしめているようだ。
もう一つ、人が多い原因としてあるのが【賢者マーグリッドの遺跡】だ。ここに挑戦する冒険者が非常に多い。それは通りを歩く冒険者の数を見ればすぐに分かる。
賢者自身が著名人だし、その遺跡が高ランク向けダンジョンになっているとなれば、功績や名声、賢者が残したお宝を求めて冒険者が集まるのも無理はないだろう。
まぁ俺たちが欲しいお宝は最下層にあるし、そこに辿り着ける冒険者はそうそういないと思うが。
二千年も経っていれば誰かしら攻略していてもおかしくないとは思っているが、現実となった今の世界は全体的に弱くなっている印象だし、死に戻りができないのだから検証もできない。
有志によるwikiもないのだからボスの対処法も広まらないだろうし、そうなると攻略者など出ないのではないか。そう思うのだ。
だから俺たちが攻略する。そして攻略したことを明かさないつもりだ。
名声などいらない。この街は永遠に冒険者たちで賑わっていてもらおう。
通りを眺めながら歩き、俺たちは街の中央付近にある冒険者ギルドへとやってきた。
中の造りは他の街のギルドと変わらないが、外観が白と蒼で爽やかな感じだな。荒くれ者の多い冒険者には似合わないが街にはとても調和している。
まずは入口付近にある依頼票を見る。
やはり周囲の魔物関係と遺跡に関するものばかりだ。どちらかと言えば遺跡のほうが多い。
俺たちはここまでの道のりで狩った魔物の依頼を選んでそれを受付へと持っていった。
拠点変更と依頼の報告、ついでに買い取りも済ませておこう……と思ったんだけどな。
「レッドヘアの皆さんですね。拠点変更登録は完了しました……が、【ツールアンテ】と【ストンブリッジ】の冒険者ギルドからクイーンアント討伐の報告を受けています」
「ああ、もう検証が終わったんですか。早かったですね」
「その査定を乗せましてジェイル様とフライヤ様がランクアップとなります」
「えっ、マジですか。ありがたいですけど」
どうやら【ツールアンテの街】で塩漬け化していた問題(依頼)ということで調査も早くしたし、俺たちの功績も高かったということらしい。
クイーンアントがAランク推奨の魔物ということで俺たちもそれに応じたランクにしようという意図があるっぽいな。
フライヤはずっとBランクのままだったし、俺はリーダーということで「Cランクじゃダメだろう」という判断も入っているように感じる。受付嬢さんの口ぶりだと。
まぁ上げてもらえるならそれに越したことはない。
これで俺たちはAが一人、Bが四人、Cが一人となった。エリザがBランクに上がるのも早そうだな。
それからこの街でおすすめの宿や武具屋を聞いていたのだが
「こちらの宿は高級店ですがお風呂がついているので、せっかくマグルリーチに来たのだからと泊まる方もいらっしゃいますね」
「えっ、風呂があるんですか!?」
「浜の近くには公衆浴場もありますよ。そういったところがこの街のウリでもありますし」
おお、なんということだ。この世界に来てから早数ヶ月。一度も入れずにいた風呂に入れるなんて……素晴らしい街じゃないか、ここは!
さすがはリゾート。さすがは観光地。そんなところまで他の街とは違うんだな。
もうここを本拠地にしたいくらいだ。……まぁ無理なんだけど。魔王斃さないといけないし。
俺はみんなと相談し、公衆浴場そばの冒険者御用達の宿に泊まることにした。
さすがに風呂付の宿は高い。貴族や金持ち商人、バカンスに来た高ランク冒険者くらいしか泊まらないらしいからな。
俺たちも金は持っているがそんな所をさすがに定宿にはできない。目立つし。
しかしどうしても風呂に入りたいと駄々をこねて少し値段の張る宿にさせてもらったのだ。
それから俺たちは早速宿へと行き、すぐに公衆浴場へと行った。
どんなものかと期待して行ったが、想像していた銭湯の劣化版といった感じ。子供用プールが二つ並んでいると言えば伝わるだろうか。
洗い場もあるが鏡はないし、蛇口もない。石鹸的なものは元々あるのでそれで頭と身体を洗い、かけ湯で流すといった形だ。
お湯はおそらく魔道具で温められている。間欠泉を掘ったわけではないだろう。
水を大量に流し込みそれを魔道具で温める。それだけ金を使っているということだ。リゾートおそるべし。
それでも俺は大満足していた。この世界で初めての風呂である。これ以上の贅沢などない。
今まで入れなかった鬱憤を晴らすかのように徹底的に身体を洗い、溶けるほど湯に浸かった。
女性陣とは宿で集合としたが俺の方が若干遅かったくらいだ。ちなみに風呂上りの女性陣は素晴らしかったと付け加えておこう。
この日はそのまま宿でゆっくりした。
こんなにも休んだのは初めてじゃないだろうか。そう思えるほどリラックスした日を送れたのだ。




