34:王都ローデル~地下水路
聖王国北部に連なる山脈は雲を貫くほど高く、山頂は雪に覆われている。
そこから流れ出した水はやがて大河となり聖王国を南下、シュトローゼル王国を抜け、海へと流れる。
大河からはいくつもの支流が枝分かれし、人間界の民はその近くに街を作り上げていた。
王都ローゼルもその一つで、上流から流れる川は生活用水に使われ、排水したものは下流へと流される。
……というのは王都が建造された当初の話で、今はスライムによる下水処理が行われているらしい。
俺も【ベレッサの街】で知って衝撃を受けたことの一つなのだが、汚物や生活排水を処理するためのスライムを街で管理しているのだ。どうりで中世ヨーロピアンな街並みなのに臭くなかったわけだ。
王都地下水路は王都が建造された当初に、都市計画の一つとして作られた。
今はスライム処理があるおかげで汚物に塗れた汚い用水路ではなくなっているが、用途としては今も生きており、一部の生活排水は地下水路に流れるようになっていると言う。
用途が限られるからこそ普段は入れないよう厳重に閉じられ、だからこそフルアデスのようなヤツが居座りやすくなっているわけだ。
誰にも邪魔されず、王都のどこにでも繋がっているのだから、王都全域を遊び場にするにはうってつけである。
そんな王都に主人公が訪れた時、最初に立ち寄った冒険者ギルドでいきなり騒ぎが起こった。
若い冒険者が息せき切ってギルドに入ってくると同時に叫んだのだ。
「た、大変だ! 北部の森から魔物が大量に出てきた! スタンピードだ! 王都に迫ってくるぞ!」
騒然とするギルド。しかも話はそれだけではない。
その冒険者が続ける。
「首輪をしている魔物が群れているんだ! あれって例の魔族のヤツなんじゃないか!?」
それでまた一層騒がしくなった。
【レームル山】の一件は当然王都にも伝わっている。それはギルドでも広く周知されていた。
【ベレッサ】で起きた魔族の悪行が今度は王都で起きている。これに危機感を持たない人間はいない。
騒ぎ出した冒険者たちを静めるように支部長が声を荒げる。
「緊急依頼だ! 動ける冒険者は全員、北部の森に向かってくれ! これは強制だ! 魔族の陰謀ならば俺たちが止めるしかない! ここは俺たちのホームだからな!」
「「「おお!!!」」」
気を吐いた冒険者たちは次々と出て行った。駆け足で王都西門へと行き、そこから北部の森へと目指す。
しかしそれと同時に王都の街中でも異変は起きていた。
王都の各所で幾人もの人間――奴隷でもないのに首輪を付けた人間が、正気をなくしたように暴れ出していたのだ。
店に乗り込んでは商品を破壊し、通行人に殴りかかり、中には剣を抜いた暴徒までいたのだ。
王都の治安を守るのは騎士団の役目である。王都を守護するのも、衛兵として民を守るのも管轄は全て騎士団だ。
騎士団にはまず暴徒の情報が入り、そのすぐあと、スタンピードの情報が入っていた。
しかし暴徒の鎮圧と警邏に人数を割いてしまったことで、スタンピードの対処まで手が回らなくなっていた。せいぜい門と城壁を守るくらいのものである。
結局、魔物のほうは冒険者に任せ、騎士団は暴徒のほうを対処するという形に落ち着いたわけだが、話はそれで終わらない。
フルアデスは第三段階のお遊びとして、改造したスライムを地下水路から王都中に出現させたのだ。
本来、下水処理に使われていたスライムを改造していたのだろう。それをどこからか地表に出し、王都で暴れさせた。
スライムの身体であればわずかな隙間からでも出ることができる。おそらくその特性を活かそうと思ったのだろう。
いずれにせよ、これで王都の外には大量の魔物。王都の中では暴徒と改造スライムが暴れることとなる。
主人公は次々に起こる異変に対処するため、あちこちへ行っては戦いを強いられた。
外でも中でも、広い王都を走り回り、一日中戦い続けたのだ。
これが【王都騒乱】というメインクエスト。序盤最後の一大イベントである。
その後、功績を挙げた主人公パーティーはギルドの支部長から【地下水路を調査せよ】というメインクエストを受けることになる。スライムの発生源が地下水路だと特定できたため、そこを調べてくれと言うのだ。
新人で低ランクの主人公になんて無茶な依頼をするのだと言いたくなるが、これもゲームのイベントである。受け入れるしかない。
ともかく支部長から鍵を受け取って侵入した王都地下水路で、数々の改造魔物を発見・殲滅しつつ、最奥にいるフルアデスを斃す――というのがイベントの流れである。
ちなみにパーティーにカールかレヴィアがいた場合、支部長からではなく貴族との会話イベントを経て、地下水路の鍵を入手することができる。これも【地下水路を調査せよ】という全く同じクエストだ。依頼人が違うだけで内容は変わらない。
いずれにしても最終的に改造魔物とフルアデスを斃してクエストクリアとなる。
◆
「レッドヘアの皆様ですね。王都ローゼルへの拠点変更を終えましたので、これからは自由にご利用下さい」
「ありがとうございます」
【王都騒乱】に関することは言える範囲で五人には話した。
だからこそ警戒したまま王都へと入ったわけだが……肩透かしもいいところだ。
ギルドに入ったところで若い冒険者が駆けこんでくるようなことはなく、街の様子も至って平和。
……いや、これだけ人間がいて平和の一言で済ませていいものかとも思うが、少なくとも大通りは賑やかな繁華街のそれであった。さすが王都と言えるほどの規模と賑わいである。
つまりまだ【王都騒乱】は発生していないということだろう。足早に来たかいがある。
予想していたことではあるがホッとしたのも事実だ。
「俺たちは【ベレッサ】から来たのですが、魔族の一件って伝わってますか?」
「ええ、首輪をして暴れていたオーガのことですよね。あちらの貼り紙にもあるとおり冒険者の皆様には厳重注意を行っております」
「ちなみに王都の周りで同じような魔物が出たとかいう報告は……」
「ないですね。まだずっと警戒しているといった状態です。レッドヘアの皆様も何か異変を感じたらすぐに報告するようお願いします」
「分かりました。承知しておきます」
受付嬢はそんな様子だった。とりあえず確証がとれただけで満足かな。
依頼はまだ見る必要もない。ちゃんとした冒険者活動をするのはまだ先の話だ。
それから六人でギルドを出て、街の様子を見つつ宿を探した。
こそこそ動くことが前提だったので大通り沿いではなく、一本道を入った先の中級冒険者御用達みたいな宿にした。不自然ではないだろう。
「とりあえず喫緊に迫った問題ではなかったようだが、ジェイル、どうするのだ?」
「地下水路の様子は早めに探っておきたいな。問題はどうやって侵入するか、というところだが……」
「どこかに忍び込んで鍵を一日だけ借りるというのは?」
「おそらく騎士団の本部や駐屯所には置いてあると思うんだが、そのどこに置いてあるのかは分からないんだよな。騎士団なんか昼夜問わず誰かしら起きているだろうし、<ハイド>していてもできれば入りたくはない」
騎士団も部隊によって仕事が変わるらしいが、王都の警邏を担当している騎士団は王城そばの本部と、王都のあちこちに駐屯所を設けている。警察官の派出所のようなものだ。
地下水路への入口も王都のあちこちにあるから、何か問題があった時に入れるよう騎士団は鍵を持っているはずなんだよな。おそらく鍵自体は何本もあるだろう、と予想している。
しかし騎士団の駐屯所に忍び込むというのは本当に犯罪者まがいの行為なので、できれば遠慮したい。今さらだとも思うが。
それに忍び込んだところで鍵の保管場所も分からないし、下手すると警邏している衛兵(騎士団)が常に携帯している可能性もある。だからあまり乗り気じゃないんだよな。
「ご主人様お得意の天啓めいた力で、どこか入れそうな場所とか分かんねえのか?」
「分からん。王都内にある地下への入口も俺が知っているのは一か所だけだし、あとは用水が流れ出る川の場所を知っているくらいだな」
「十分知っているほうだと思いますけどねぇ。王都なんて来たこともないでしょうに」
「地下水路からの排出口は大きめの洞窟の入口のようになっているんだが、確か鉄格子で塞がれているんだよな。だからどうしたものかと」
ゲーム内では地下水路を探索した時に、その排出口を見ることができる。
牢屋のように鉄格子に区切られたそこは、用水だけが流れ出し、やがて大河の支流と合流する。
地下水路は暗い迷路のような感じなのだが、その排出口だけは外の光が入って明るかった。だから目立っていたし、鮮明に覚えている。
外から地下水路に侵入できないよう鉄格子で区切られているわけだが、そこをどうにか通れないものかと考えている。
例えば用水に浸かっている部分の鉄格子をどうにか切って、人が通れるだけの隙間を作り、用水に潜るように侵入するだとか。
もしくは石煉瓦で作られた地下水路の壁を削って、鉄格子と壁の間に隙間を作るだとか。
ゲームではありえなかった方法で何とか侵入できないものかと。
「――という感じで考えているんだが、まずは見て見ないと分からない。入れそうなものなのかどうか」
「騎士団の人に頼んで普通に鍵を開けてもらうとかできませんかね?」
「普段は侵入禁止の場所だからなぁ、よほどの理由がなければ無理なんじゃないか?」
「魔族の調査で入らせてくれ……というのも無理だな。私たちだけで入るのは止められそうだ」
「騎士団が自ら調査に入るでしょうね。少なくとも私たちだけで自由に動くというのは無理ですよ」
色々と話し合ったが確実に入れる方法などない。
とりあえずは俺の案で、王都の外から排出口の様子を見てから判断しようということになった。
その日はそのまま休み、翌日朝から王都の外へと出て城壁伝いに南へと回る。
王都自体は見晴らしの良い平野に築かれているのだが、排出口は目立たないようにしているのか、森の中に隠されたように存在している。
城壁と森が接している感じだな。逆に防犯がヤバそうなのだが何かしらの理由があるのだろう。
ちょっとした小川が流れだしているような感じだな。流れているのは生活排水とかなのだが。
そうして辿り着いた排出口は俺の想像通りに石煉瓦で囲われた洞窟の入口のようで、そこから川が流れだし、鉄格子で完全に防がれていた。
牢屋のように扉もある。鍵さえあればここからも入れるということだろう。
人ひとり入れる隙間などない。明らかに厳重な様子が見てとれた。
しかし想像以上にボロボロであるとも言えた。
そもそも排出口に着くまでの森が鬱蒼としていたし、獣道すら出来ていない。近づく者さえほとんどいないのだろう。
排出口の極めて近くまで草木が生い茂り、用水を川と見立てて自然を成している印象さえあった。
鉄格子も錆びていたり、水路の中を覗いても苔が生えていたり、風によって土や砂が入り込んでいるようにも見える。即ちかなり汚い。
「まるで遺跡ですね。地下水路自体が今ではほとんど使われていない証拠とも言えますが」
「こんなところ誰も使わないのかもしれないな。一応水路に侵入できるのだから警戒すべき場所のはずだが」
「街中の入口から入るよりかは確実に目立たないだろうな」
「こんなボロボロな鉄格子なら壊せそうじゃねえか? あたしが斬ってやろうか?」
「それだと私たちが帰ってから修復するのが大変そうじゃありませんか? 一応塞いでおきたいですし」
色々と相談した結果、壁のほうを採掘用のツルハシで崩してみようという話になった。
石煉瓦で作られた壁は立派なものだが、年季も入っているし崩せないこともないだろう。
俺たちがやることやったあと、誤魔化して修復するのもできそうに見えたのだ。さすがに侵入経路を残したまま放置するわけにもいかない。
そうしてさっさと壁を採掘し、人が通れる隙間を確保できるまでカンカンと掘り続けた。
音で誰かにバレると困るのでネフィリアに警戒させている。
しかし結局は大した時間もかからず、侵入路を作ることに成功。俺たちは用心しながら地下水路へと入って行った。
「地図で言うと今がここ。で、目指すはここなんだが、道中で改造魔物に出くわすかもしれない」
「フルアデスが作ったという例のアレか」
「まだ作っていないかもしれないけどな。もしいるようなら、やることやったあと地下水路中を見回ったほうがいいだろうな。殲滅させておかないと、王都の地下が魔物の巣窟になっちまう」
「民の平穏を守るためでしたらやるべきでしょう」
「しかしこれだけ広く、複雑な場所を全て巡るとなると大変そうですね」
まさしくダンジョンなんだよな。王都地下水路ってのは。
本来の用途を考えればここまで複雑な造りにする意味が分からない。管理だってしづらいだろうし。
まぁゲーム的に言えば迷路化することで戦闘用マップとしているのだから必要なのだとは思うが。
そうして入った地下水路はゲームの印象とはかなり違っていた。
暗いからランタンは必須だし(俺とネフィリアは必要ないが)、手入れされていないからとにかくボロボロで汚い。
汚水が流れているわけではないから水自体が匂うわけではないのだが、かび臭く、陰湿な空気が充満しているように感じた。
まずは一直線に最奥にあるフルアデスの研究所を目指して進むわけだが、警戒するのが馬鹿らしくなるほど平和な道のりだった。
足元がすべりやすいとか、視界的に探索しづらいというのはあったが、何がいるわけでもなく、ただ俺たちの足音だけが地下の空間に響いていた。
しかし最奥に近づくにつれて変化が現れる。
まず水路から現れたのはくすんだ深緑の色をした大きなスライム。明らかに普通のスライムではないし、ポイズンスライムなどの変異種でもない。
フルアデスが改造したスライムだ。耐久力があり、溶解液のようなものを飛ばす【改造スライムLv20】である。
こんなのが王都のそこかしこから出現するのだから『王都騒乱』とは厄介なイベントだ。
五人にはなるべく静かに探索するよう言っていた。声が反響する地下水路では普通に探索しているだけでフルアデスに気付かれかねない。
逃げられては困るのだ。だからこそ戦うにも慎重になる。
いくつかの改造スライムを斃していると今度は二体が合体したような蜘蛛の魔物や、何体も合体させて小さなヒュドラのような形になったヘビの魔物も現れ始めた。
色々と実験しては水路に放っているのだろう。フルアデスにしたら捨てている感覚かもしれないが、それが研究所までの道のりを困難にしているのも確か。結果として防衛に役立っているのだからタチが悪い。
そうして辿り着いた最奥の一室。フルアデスの研究所と化しているはずの部屋だ。
部屋の外から<エネミーサーチ>を使うと、何体かの反応がある。つまりフルアデスに加え改造魔物が何体かいるのだろう。
ゲームでもここでの戦いは、改造魔物三体がボスとして登場し、おまけ程度にフルアデスとも戦う感じだ。
フルアデス自身に戦闘力がほとんどないので、代わりにボスとなりうる改造魔物がいるわけだな。
三体の改造魔物は地下水路で見かけたような失敗作ではなく、まさしく合成魔物と言えるような見た目になっている。三体ともLv40。
【夜霧の梟】や【砂鼠団】のボスと比べれば低いが、そっちはサブクエ自体が中盤相当だから仕方ない。
メインストーリーを進めた先にいる序盤の一大イベントのボス、となればLv40三体というのは相当強い部類である。
未だ『王都騒乱』は起こっておらずゲームとは色々と違ってきている部分もあるので、ボスの三体も変わっている可能性がある。
まだ合成魔物が完成していないとか、失敗作のような全く違う魔物が中にいるだとか、何かしらの変化があってもおかしくはない。
現に俺の<エネミーサーチ>では部屋の中に五体の反応があると判明した。
つまりフルアデスに加えて四体の魔物がいるということだ。この時点でゲームとは変わっている。
果たして増えた魔物はボス相当のものなのか。それとも四体が総じて弱くなっているのか。
どちらの可能性もあったので、それを五人に小声で伝えていた。
みんなが頷いたのを確認し、意を決して部屋の扉を開ける。もちろんすでに臨戦態勢だ。
――が、部屋の中を見た瞬間、俺の頭は真っ白になってしまった。
「ほぉら、お客さんがやって来たよ。やっぱりおもちゃじゃ何の役にも立たないってことだねぇ」
「ヒヒッ、外のはあくまで失敗作ですよ。ちょうどいい実験体がのこのこやって来てくれたのです。歓迎すべきでしょう。この三体の稼働実験にはもってこいですよ」
部屋の中央には三体の魔物がいた。
大蛇とゴーレムを組み合わせたような魔物。翼の生えた多腕のゴリラのような魔物。人型の上半身が背中から生えたような大型のリザードのような魔物。
それはまさしくゲームにおけるボス戦と同じ、三体の合成魔物だった。
その奥には二人の魔族がいた。
どちらも紫の肌に角が生えた、見るからに魔族と分かる風貌だ。
一人は白衣に眼鏡の男性。いかにも科学者と言えそうな見た目のそいつは【這宴のフルアデス】。王国で起きている異変の元凶である。
そしてもう一人の女――その存在が俺にとって理解不能だった。
藍色の長い髪に、人間の俺でも見惚れるような美貌。軍服のような長丈のローブは特徴的で、それは魔王軍幹部の証でもあった。
――魔王軍六魔将の一人【魔嵐公アシュトルーデ】。
こんなところで出会うはずのない強者が、なぜかフルアデスと共に並んでいたのだ。




