03:ベレッサの街
「おお、お祈りご苦労さまです。おや? そのご様子ですと覚職の試練に手こずりましたかな?」
「あ、ああ、いえ、問題ありません」
「そうですか。ではこちらへどうぞ。覚職を行いましょう」
あれから俺は納得できるまで熟練度稼ぎを行い、チュートリアルクエストを三つ、クリアした。
中央の祠に戻ってみると床に描かれた魔法陣が光を放っており、そこに乗ればチュートリアルが終わる。
そうして気付けば祈りの間。神像の前で祈りをささげている状態で意識を取り戻した、というわけだ。
十時間以上はチュートリアルをしていたつもりだが、身体はどこも痛くない。やはり時間が止まった精神世界でチュートリアルをしていたということなのだろう。
インベントリを覗くと、そこにはエリクサーとスライムのドロップ品であるスライムゼリー、魔石(極小)が入っている。
なぜ精神世界から持ち帰れたのかは不明だ。ゲームの仕様と言えばそれまでなのだが……。もちろん腰にはビギナーナイフも装備されていた。
念の為初期状態に戻しておこうとインベントリから鞄を出し背負っておく。祈っていただけのはずなのにインベントリに収納されていたことが不思議だ。
祈りの間から出ると神官さんが話しかけてきた。
NPCが持ち場から離れ、テキスト以外のセリフを喋る。そのことに感動を覚え、少し慌ててしまった。
改めてここが現実世界なのだと突きつけられた気分だ。
教会の中を見渡せば、そこはやはり【ベレッサの街】の教会であると分かる。
ゲームで言うところの『はじまりの街』。つまり俺が主人公である確率が高まったというわけだ。
これで全く別の教会だったら主人公ではないと言いきれたのだが……まだ心のふんぎりはついていない。
今が何時かは分からないが教会内は誰もいない。静かで厳かな空間に足音だけが響いた。
神官さんの後に続き、教会のシンボルとも言える女神像の前へと着く。
「ではジェイルさん、貴方はどの職業を選びますか?」
「【スカウト】にします」
「分かりました。では祈りの姿勢を。――」
チュートリアルさえ受けてしまえば職業に就くのは訳ない。
神官さんが魔法っぽいものを唱えると俺の身体が光を放ち、それで好きな職業に就くことができる。
ちなみに転職の際はチュートリアルを受ける必要もない。おそらく『最初の覚職』に必要ということなのだろう。
「これで貴方は【スカウト】となりました。これからも主神の導きに従い励んで下さい」
「ありがとうございました」
俺は立ち上がって礼をすると、そのまま教会の出口へと歩みを進めた。
ちらりと横目で教会の二階へと上る階段を目にする。
二階にはポーションと小銭が落ちているはずだが……さすがに現実世界で『勇者行為』はできないだろう。諦めてそのまま教会を出ることにする。
一歩踏み出したそこは【ベレッサ】の街並み。
よく知っている風景のはずなのに、そこは新鮮味に溢れていた。思わず「おお」と声が出てしまうほどの感動。
ゲームならば穏やかで耳心地の良いBGMが流れているが、もちろんそんなものはない。
代わりに聞こえるのは生活音と人々のざわめき。俺にとってはそれもまた素晴らしいBGMだった。
とは言え、いつまでも立ち止まっているわけにはいかない。
まずしなければいけないのはステータスの確認だ。
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Name:ジェイル
BIL:闇と計略の神
JOB/Lv:スカウト(1)
HP:22(+2)
MP:17(+12)
STR:9(+3)
VIT:5(+2)
INT:8(+2)
REG:7(+3)
AGI:15(+6)
DEX:14(+7)
CHA:10(+2)
LUK:12(+7)
WEP Skill:ラッシュエッジ(5)、アサシンエッジ(5)、クロスエッジ(5)、ラストエッジ(1)、スターバースト(3)
JOB Skill:ハイド(5)、エネミーサーチ(3)、ラビットイヤー(3)、イーグルアイ(1)
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「おっし!」
思わずガッツポーズ。予想はしていたつもりだが実際にステータスで表されれば喜びが勝る。
まだチュートリアルが終わっただけだというのに達成感に満たされていた。
ステータスが伸びているのは【スカウト】に覚職した影響だ。職業補正と言えるもの。
【闇と計略の神】を選んだからという部分もある。『信仰』『武器』『職業』が合わさったLv1のステータスが上記のとおり、ということだ。
普通なら【スカウトLv1】で得られるスキルは<ラッシュエッジ(1)><ラビットイヤー(1)>のみだ。素早く近づいて突き刺す短剣スキルと『聞き耳』スキルだな。
しかしチュートリアルでの修練によって、本来ならレベルが上がって覚えるスキルをすでに覚え、なおかつ何度も使用したことによって熟練度が上がりスキルレベルも上がっている。
【スカウトLv30】で覚えるはずの<スターバースト>まで覚えているのだ。このアドバンテージは大きい。
ちなみに、<アサシンエッジ>はふいうち特攻、<クロスエッジ>は二方向の連続斬り、<スターバースト>は瞬間的に十連続で突く高威力スキルだ。これらは木人相手にやりこんだ。
<ラストエッジ>は瀕死状態で強力な一撃。これはスライム相手にわざとダメージをくらってHP調整し、そこから木人相手に攻撃し続けたことで覚えた。
<ハイド>は気配絶ち、<イーグルアイ>は俯瞰視点で探ることができるスキル。<エネミーサーチ> <ラビットイヤー>と共に森の中で魔物を探しては隠れと繰り返して覚えたものだ。
時間的都合でLvMAXまではやらなかったがそれにしても十分すぎる。目的は達せたと言っていいだろう。
大満足で足取りも軽く、俺は教会から大通りに出ようと歩き出したのだが……その途中、教会の敷地内にある泉に目が留まった。
小さな泉の中央には水甕を持った女神像があり、そこから絶えず水が流れ出している。
泉の中を覗けばそこそこの量の小銭が落ちていた。……さすがに拾うわけにはいかないな。
よく目を凝らすと小銭に紛れて指輪が落ちているのを発見。これは拾っておく必要がある。泉に手を突っ込んで服を濡らしながらも何とか入手した。
何の変哲もない指輪。装備品ではないがとりあえずインベントリに入れておく。
鞄から布きれを取り出し濡れた服を拭きつつ大通りへと出た。
よく知る【ベレッサの街】は明らかにゲームと様子が違う。生活感が半端ではないのだ。
王都が10、寒村が1だとすると【ベレッサの街】は3~4程度の街だ。ゲームの『はじまりの街』としては立派な部類に入るのかもしれないが、王国の中でも決して大都市と言える規模ではない。
それにしても人通りは多く、大通り沿いには店が立ち並び、穏やかで平和的ではあるものの活気があるように感じた。
それはそうだろうとも思うのだ。
ゲームでは街の住人(NPC)に近づくことで吹き出しが出ていたし、実際の会話が聞こえることなどない。ボイス付きは特定のNPCくらいのものだ。
そのNPCにしても容量の関係で数は限られていたし、今、目の前に広がる現実世界の【ベレッサの街】とは天地の差がある。
店にしてもゲームの時には存在していなかった日用品店や木材屋など実際の生活に必要な店が並んでいる。どれもゲームには不必要な店だ。
不可侵領域だった裏道や脇道にも家々が並んでいるし、そこに足を踏み入れられると思うと心が弾む。
俺の知っている【ベレッサの街】はごく一部でしかなかった。
これが本当の【ベレッサ】なのだと思うと気分は高揚するばかりだった。
大声を出してはしゃぎたい気持ちを抑え、軽く眺める程度に留める。あまり目立つわけにもいかない。『この世界の一般人』を装う必要があるのだ。
目立つことで注目されるわけにはいかない。
この街にも当然のように『メインストーリーに絡むキャラ』というのが存在する。
もしそのキャラと交流を深めるような事態になれば、それは『メインストーリーが進む』と同義である。それは避けたい。まぁ避けられるものなら、という話だが。
俺が本当に主人公なら運命力めいた何かでそういったキャラと接触することはありえる。
そこからの選択肢如何でルートは決められるわけだが、いかに安全なルートを選んだところで最終的にはラスボスとの対峙が待っているのだ。
避けられるなら避けたい。だからこそメインストーリーを進めたくない。だからこそ主要キャラとの接触は避けたい、ということだ。
しかしまだ俺が主人公ではないという淡い希望も抱いている。
【ベレッサの街】スタートということでゲーム準拠となっているからほとんど諦めてはいるのだが、時期がずれている可能性は残っている。
今がゲーム開始の時期より早いのであればラスボス登場までの時間は稼げるはずだし、遅いのであればエンディング後の世界である可能性もあるのだ。
そう思って、通り沿いの屋台に突撃してみた。
ゲームにはなかった串焼きを買うついでに店主に聞いてみる。
「おじさん一本ちょうだい。ちなみに何の肉なの?」
「まいど。うちのはリトルボアの肉だよ。昨日狩ったやつだから新鮮で旨いぜ~」
リトルボアは街の北側、わりと近くに出る魔物だな。低レベルでも狩りやすい。
ドロップアイテムは肉・牙・毛皮。肉は換金用だったがなるほどな。現実世界ではこうして調理されるわけだ。
かぶりついてみると、噛みごたえがあり「肉を食ってる!」という力強さを感じる。
というかソースが旨い。おそらく屋台によって違うのだろうな。全ての屋台が同じ味付けのわけがない。
ゲーム内では料理アイテムくらいでしかできなかった食事、しかもちゃんと味がある。
色々な店や屋台に行って食べ歩いてみるというのもいいかもしれないな。現実世界となった今、また一つ楽しみが増えた瞬間だった。
「ちなみにおじさん、今って聖歴何年だっけ?」
「今は2500年だろう。新年祭が例年以上に派手だったじゃねえか」
「いや俺は村から出てきたもんでね。新年祭は見てないんだ」
「そりゃあ惜しいことしたな。キリが良いってのもあって今年は盛大なもんだったんだぜ」
そんな世間話をしながらも頭の中では「2500年かよ……」とげんなりしていた。
まさしくゲーム開始の年だったからだ。それはプロローグで明記されていた。
とは言えゲーム内に時間制限のようなものはなく、ラスボスと対峙するまでの時間はプレイヤーによって異なる。
一番早いメインルートを選んでも、メインストーリーのみをバンバン進めるプレイヤーもいれば、寄り道ばかりでなかなかメインストーリーを進めないプレイヤーもいる。
だからラスボスと対峙するタイミングは決まっていないんだ。「〇月〇日にラストバトル!」と定められているわけではない。
はたして俺のプレイングで引き延ばすことはできるのだろうか。
というかラスボスと対峙しない未来にできればそれが一番いい。
メインストーリーを進めないことでそれが叶うと信じたいところではある。
しかし現実世界となった今、俺の意思とは無関係にラスボスは動くだろう。俺の与り知らぬところで。
プレイヤーならば世界に影響力を及ぼすような真似もできたかもしれないが、今の俺は『この世界の一般人』だ。
誰かの意思を操作することも、国や世界に影響を与えることもできない。
だから俺は俺にできることをやる。この世界で生きぬくために。
今一度、指針とすべき三本柱を思い出した。
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① 【AG】の世界を楽しむ
② 死なずに生き延びる
③ メインストーリーにはなるべく関わらない
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さて、まずは何からやるべきか。
①を重要視しすぎて食べ歩きばかりしているわけにもいかない。
『ゲームをプレイする』以上にやらなければならないこと。最優先すべきは――
「よし、とりあえず冒険者ギルドだな」




