13:予期せぬ事態
【AG】におけるダンジョンというのは二十七か所と隠しダンジョンの三か所がある。
二十七か所の中にはメインストーリーに関わる場所もあるし、サブクエストで行ける場所もある。
基本的には『おまけ要素』であり、『寄り道』だ。
しかし図鑑を埋めたり、アイテム収集といったやりこみ要素を考えれば、寄らないという選択肢はない。
ダンジョンは全てが地下へ潜っていくタイプの迷宮である。
雰囲気や規模はダンジョンによって異なるが、石畳でできた通路と小部屋で構成されているのは共通だ。
代り映えしない陰鬱な風景が延々と続くので、はっきり言って人気はない。【AG】の中でも「ダンジョンが楽しい!」というプレイヤーははたしているか? というレベルだ。
とは言え、やりこみ勢からすれば攻略して当然だろう。
『はじまりの街』である【ベレッサ】の近くにある【小鬼の洞穴】などチュートリアルも同然のダンジョンで、ストーリーにも絡まず、魔物も雑魚のみ、報酬も全く大したことはない。行く意味など全くない。
それでも俺は行く。なぜなら俺はやりこみ勢だからだ。
目の前にダンジョンがあって無視などできないのだ。
「と思っていたんだがな。収穫というのは確かにあるものなんだな」
「収穫と言えるほどのものですかねぇ」
「魔物との遭遇率という意味ではダンジョンならではと言えるだろうがな」
カリンとフゥガはぶつくさ言いながらも俺の言う通りに戦ってくれている。
五日ほど【ベレッサの街】の周辺で戦っていたので、俺流の戦い方(【AG】における熟練度上げ)にも慣れてきたのだろう。
スキルを使った、索敵即殲滅というタイムアタックさながらの戦い方というのは現地人として思うところもあったようだが、俺のやり方を尊重してくれているので助かっていた。獣人の部下は従順ということだな。
【小鬼の洞穴】は推奨Lv5なので経験値稼ぎには全く向かない。
しかし地上よりも魔物の遭遇率は高く、熟練度を稼ぐ機会は多い。それが一つ目のメリットだな。
別に冒険者ギルドの訓練場でスキルを使っても熟練度は上がるのだが、人目に触れることを考えると利用しづらい。
三人での連携訓練を踏まえた戦闘を同時に熟せると考えれば、ダンジョンでの連続戦闘というのは大事な機会だと感じる。
二つ目のメリットはダンジョンでしか出現しない魔物がいることだな。
【小鬼の洞穴】はその名のとおりゴブリンが多くいるダンジョンなのだが、他にもケイブバットやケイブアントなどが出現する。
どれもLv1かLv2で弱すぎる魔物なのだが、冒険者ギルドの納品依頼で必要なドロップアイテムなどもある。
もう来ることはないのだろうし、ここでできるだけ確保しておくべきだろうな。
三つ目のメリットは俺の経験的な意味でだ。
現実世界となったダンジョンはゲームの頃と勝手が違う部分が多々あった。
特に<トラップサーチ>の使い心地だな。【幽霊屋敷】などの特殊エリア以外ではダンジョンでしか使わないスキルだ。
ゲームであればアイコンに表示されたり、近くまで行けば光って見えたり、<マップ>を覚えていれば地図上に表示されたりしたのだが、現実世界となった今はどうやら『罠の気配を察知する』というような効果らしい。
罠の気配って何だよ、という感じなのだがそれ以外に表現方法がないのだ。
<エネミーサーチ>が敵の気配を探るように、<トラップサーチ>は罠の気配を察知する。そういうものだそうだ。
何にせよ<トラップサーチ>の熟練度を稼ぎ、使い方に慣れる機会である。
俺は魔物の対処を二人に任せつつ、察知系スキルばかりを多用していた。
「おお、もうボス部屋なのです!」
「さすがに早いな。まるで迷わないしジェイルの斥候が優秀すぎる」
経路はほとんど覚えているしな。わざわざ順路を離れて取りに行くような貴重な宝箱もないし。戦闘機会を多くとりつつもほぼ最短距離で来てしまった。
【小鬼の洞穴】は全三階層。一階層ごとの面積も含め、全ダンジョンで最も小さいダンジョンと言えるだろう。さすがチュートリアルダンジョンである。
ボスは【ホブゴブリンLv7】一体と【ゴブリンLv5】二体。
Lv5の六人パーティーならば過剰戦力になるほどだ。三人パーティーでも攻略可能だし、Lv9程度の主人公一人でも問題なく斃せる。
ちなみに今の俺たちは平均Lv20程度の三人パーティーである。何も言うことはない。
「フゥガはホブゴブリンな。俺とカリンでゴブリン一体ずつ」
「「はいっ!」」
戦闘時間十秒ほど。手加減してこれだ。
ダンジョンボスは戦いに勝利すると魔物のドロップアイテムに加えて、宝箱を一つ落とす。いわゆるボス討伐報酬だ。
とは言えホブゴブリン程度ではレアを引いても【狂乱の棍棒】という武器をもらえるくらいだ。やりこみで全武器収集するくらいしか狙う価値はない。
今回は【小鬼のコイン】という換金アイテムだった。冒険者ギルドに持っていったらダンジョンの攻略証明になるかもしれないな。
「おつかれー。とりあえず初ダンジョン攻略ってことで」
「【レッドヘア】としては、な」
「次はもっと大きなダンジョン攻略するです!」
「まぁギルドに帰って報告しておこうか」
◆
「なんだ? 妙に騒がしいな」
ダンジョンから【ベレッサの街】へと戻り、冒険者ギルドまで歩くと、街の住人の様子がどこかおかしかった。
いつも以上にざわついているし、どこかへ走り回っている衛兵もいる。
ギルドに入ればもっと顕著だ。入口にも多くの冒険者がいるし、職員も深刻そうに話し合っている。
さすがに不審に思い、受付嬢に聞いてみた。
「なにかあったんですか?」
「ええ、先日ジェイルさんにもお伝えした集団講習で事件があったんですよ。それで今は大騒ぎで」
そう聞いて緊張感が増した。
集団講習というのはFランク冒険者向けの新人講習。街の北部にある【ラダン丘陵】でパーティー戦闘の経験を養うというものだ。
ゲーム的に言えば、Fランクの依頼を三件受けると発生するサブイベントであり、メインヒロインの一人であるレヴィアの加入イベントでもある。
新人向けの集団講習があるというのは数日前から話に聞いていた。
しかし俺はその時点で、Dランク冒険者であるフゥガ、カリンとパーティーを組んでいたので「受けなくても良い」という判断をされていた。魔物の討伐依頼も熟していたしな。
レヴィアがメインストーリーに絡むユニークキャラだったので、サブイベント自体を発生させたくなかったという理由もある。
やたら依頼を受けてイレギュラーな強敵の乱入を招き、それによってレヴィアと近しくなったり、名声を得たりして、メインストーリーが進むことを恐れたためだ。
しかし受付嬢曰く、その集団講習で事件が起きたと。
俺は嫌な予感が増す一方だったが、恐る恐るその内容を聞いた。
「なんでも【ラダン丘陵】にグランドボアが三体も出てきたみたい。本来、そんなトコに出るような魔物じゃないのに」
やはりゲームと同じだ。本来【ラダン丘陵】のさらに北部の【レームル山】で出現するグランドボアが三体も乱入した。
これはありえないことだ。だからギルドでも騒ぎになっている。
ゲーム的に言えば「イベントだから」で済ませられるが、現実はそれで済む話ではない。
俺としてはそれを起こさせないためにサブイベントを受注しなかったし、【ラダン丘陵】にも近寄らなかったのだ。
主人公が絡むことでイベントが発生することを恐れた。メインストーリーが進むことを恐れた。
しかし今回のこれは、主人公である俺がいないにも関わらずイベントが発生したということ。
つまり俺の行動などおかまいなしに、イベントは起こり、今後も俺の与り知らぬところで事件は起こるということだ。
いくらメインストーリーを進ませないよう努力したところで、何も変えることはできない。
その事実は俺に暗い影を落とした。
そしてさらに、悪いことは続く――
「新人の受講生にも何人か死者が出て、半分以上が大怪我の状態。それでこんなにバタバタしているのよ」
「ええっ!? そ、そんな……! レヴィアは!? まさか……!」
「レヴィアさんは他の受講生を守るようにグランドボアに立ち向かったらしいのだけど……残念ながら……」
「ッ!?」
俺はしばらく受付嬢の言葉が耳に入らなかった。ただそこに立ち尽くしていた。
レヴィアはメインヒロインの一人だ。
プレイヤーによっては最初からラスボス戦まで使い続けるヤツだっているだろう。
それだけのポテンシャルはあるし、魅力はある。ゲームのパッケージでも大きく描かれていたキャラなのだ。
死ぬはずがない。ストーリーから外れるなんてありえない。
頭では否定したい気持ちがぐるぐると巡っていたが…………同時に思い知らされていた。
――これはゲームではない、と。
あのイベントで乱入してくるグランドボアは三体。内二体は講習に随伴しているDランク冒険者が食い止める。
もう一体は新人冒険者の集団に突っ込み、そこを守るのが主人公とレヴィアだった。
全部で十五人の新人。レヴィアはFランクながら、その中では別格の強さを持っていた。だからこそ前に出て皆を守った。
主人公はその勢いに流され、レヴィアと共闘するという形だ。それが正式にパーティーを組む流れにつながる。
今回、講習に参加した新人は十四人だったという。
俺がいない状態でグランドボアの乱入が起こった。
レヴィアはゲームと同じようにグランドボアに立ち向かい……俺がいなかったせいで、死んだ。
甘かった。
俺がメインストーリーを進ませないように行動すれば、イベントは起こらないと期待していた。
起こったとしても俺の与り知らないところで起きてくれと期待していた。
全てをゲーム基準で考え――俺はいまだにこの世界を『ゲームのようなもの』と楽観視していたのだ。
もちろんゲーム準拠のところもある。しかしゲームと違う部分も多々ある。
都合の良いところだけをゲームと捉え、それ以外をイレギュラーと捉える。
それは甘すぎる考えだった。
この世界で生きるという最初に決めた指針――それに沿わない考え方だった。
気付いた時にはもう……レヴィアはこの世界から消えていた。
大切に育てるべきメインヒロインの一人が……何十周も共に戦った愛すべきキャラが消えていた。
冒険者が死ぬことなんてよくあることで、街には闇組織が蔓延っているほど危険に満ち溢れている。
俺が【夜霧の梟】を殲滅したのも同じことだ。
皆殺しすることが『クエストの解決』となっている。だからこそ俺も『世界の常識』に則って行動してきた。
セーブもロードもできない世界。蘇生魔法だっておそらく仕様が違うだろう。スキルを持っている強者が【ベレッサ】にいるとも思えない。
死が身近な世界だ。だからこそこの程度の騒ぎで済んでいるのだろう。
それでも俺は――
「おい、大丈夫か、ジェイル」
「レヴィアさんが亡くなったのは私もショックですけど……良くして下さいましたし……」
「あ、ああ、すまん、大丈夫だ。とりあえず買い取りだけ済ませて今日は解散にしよう」
心ここにあらず、というのはこういう状態のことを言うのだろう。
そんな風に自覚しながらも、俺はさっさと冒険者ギルドで報告を終えた。
早く宿に帰って、一人になりたかった。
考え直さないといけない。改めないといけない。
そんなことばかりが頭を支配していた。
改めるにしては失ったものが大きすぎる――そんなこと考えながら、ベッドに寝転がり天井を見つめていた。




